第42話 三人の志望理由
お皿に一切れ残った冷たいピザの引き取り手を決めるじゃんけんが先ほど行われた。楓が敗北した。当然、冷めても味は美味しいのだけれど、冷めてる点がマイナスすぎる。ピザは早々に食べるべきであることを学んだ。
俺がサラダを食べていると、うちの高校を選んだ理由についての話を青葉ちゃんが始めた。
「お姉の志望理由って不純だよねー」
「青春を謳歌したいからってやつ?」
「そうそう」
以前に青葉ちゃんから聞いたことがあった。こうやって集まってワイワイしたり、神崎や須藤たちと勉強会を開いたりすることは青春していると、捉えても良いのだろうか。
「だって、あんな学校で青春できっこないし」
できないこともないだろうけど、公立に比べると校則など厳しいルールが多かったのかもしれない。そういや、宇都宮が移った理由も知らないな。私立から移る人知り合いに多いな。
「しようと思えばできたと思うけどな〜。友達はたくさんいたんだし。あと、中学時代のお姉は自分から恋愛と距離置いてたじゃん。せっかく告白されてもすぐ断るし」
「みんな私の容姿しか見てないんだもん。いいところ挙げてって言ったら、九割は可愛いからって答えるからね。もっと私という人間をちゃんと見ろっ! って感じ」
中身を見てもらいたいという考えはずっと変わらないようだ。楓の外見は中学の中でも群を抜いていたはずなので、告白した男子たちが第一に可愛いを挙げても仕方がないように思える。
「本当の楓を知れば、告白する人減りそうだけどな」
「それ、多分だけど私、褒められてないよね?」
「どうだろう?」
俺の発言に青葉ちゃんは賛成してくれたのか小刻みに頷いている。
「そういや、悟はなんで受けようと思ったの?」
楓から「先輩つけるの忘れてる」という指摘を受け、「てへっ」と何故かあざといポーズを取ってる。先輩と呼ばれることに少し高揚感を得ていたので、先輩呼びが数日で終わりそうなのは少々残念だ。
呼び方のことはいったん忘れ、質問に答えなければ。俺が志望した理由かあ......。
「近かったから」
これ以外にない。学力的には厳しかったが、家から離れた高校を選ぶと、通学時間が長くなってしまう。そこに時間を割きたくなかったので、何とか今の高校に受かろうとそこそこ勉強した。あの頃と違い、今ではやる気は微塵も感じられないけれど、今年の冬くらいにはやる気に満ち溢れていることを切に願う。
「それだけ?」
「そうだね。荒れてる高校でもなかったし、一番近いから選んだ」
「なんかお姉とそんなに変わんないねー。この高校に入ってこういうことしたいんだー、とかなかったんだ」
楓の青春したいから移ったという理由と同列に扱われてしまった。心外だ。在校生の大半が、友達が大勢いってるからや自由が利くからといった程度の志望理由だと思っている。もちろん、俺と同じく近いから、という理由で選んだ学生も多いだろう。実際に調査を行ったわけではないので、全て憶測だけれど、多分当たっていると思う。
「志望理由なんてこんなもんでしょ。そういう青葉ちゃんの志望理由は?」
「私も知りたーい。わざわざ今の中学から移ってまでどうして?」
青葉ちゃんも楓とは別の私立の中学に通っていることは以前に聞いていた。楓と同じくエスカレーター式で高校に上がれるのに、そうしなかった理由は何だろう。
「何となく?」
「は?」
楓の口から低いトーンで一文字発せられた。
「ちょっ、そんな顔しないで。もっと笑ってー」
楓は無反応を貫き、青葉ちゃんの方を見つめ続ける。
「えーっと、ほら、ママたちに迷惑かけられないなーって思って。私立だとやっぱり学費高いじゃん? だから!」
それなら納得できる。娘二人が私立に通うとなれば、高い学費が必要になるだろう。それに楓たちには兄もいるので、三人分の学費となれば、一人っ子の我が家とは比べものにならないはずだ。
「青葉、学費とか気にしてるそぶり一度も見せなかったじゃん」
「それは、あれだよ。ママたちを変に心配させないためだよ」
「ほんとかなあ」
「ほんとだよお」
これ以上追及する必要はないと判断したのか、この話は終了した。楓の「そういえばさ」という一言から今度は少女漫画の話に移った。俺も楓と語りたいと思っていたので、上機嫌で話題に加わった。
話していると、あっという間に時間が過ぎた。長居しすぎても悪いので、この辺りで帰宅することにした。
二人に見送られ、俺は家を出た。とうに日は沈んでおり、街灯に照らされた道を進む。聞こえるのは走行音くらいなので、数分前の騒がしさと比べると落差が大きい。
通知音が響いた。
これだけ静かだと音を鳴らすことが不当な行為であるように思えて、周りに人がいなかったか確認するため、辺りを見渡してしまった。まだ深夜でもないので、迷惑をかけたわけではないのに、そう感じてしまった。
送り主は青葉ちゃんだった。
『実はさっき話してた志望理由だけどお姉と一緒の高校に通いたかったからなんだ〜 絶対内緒にして!』
人差し指で口元を押さえた可愛らしいスタンプも一緒に送られてきた。
もし楓に言ったら、内心では喜びつつも、口では辛辣なことを言いそうな気がした。でも、きっと上手く感情を抑えられず、嬉々とした表情を見せてしまう楓の姿が目に浮かんだ。
青葉ちゃんの受験を通じて、姉妹愛を感じることができた数ヶ月間だった。俺にも兄弟が欲しかったな。
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