第34話 南楓とクラスのイケメン
「私の休日を奪ったんだから、それ相応の対価は支払ってもらうよ。覚悟はできているんだろうな。ふっふっふ」
不敵な笑みを浮かべた楓は、謎の口調で話しかけてくる。
「ちゃんとクレープ奢るから」
「約束だからね」
「ところでさっきのあれは、何の真似ですか?」
「昨日観た映画の悪役があんな感じだった!」
「へー」
「自分で訊いといてその反応は酷くない?」
他にどう反応するのが正解だったのだろう。リアクションが薄い方であるという自覚はある。「すっごい似てた〜!」とか手を叩きながら、大げさに言うべきだったのだろうか。
その映画を俺は知らないし、こういう反応になっても仕方がないと思う。まあ、知っていたとしても大したリアクションは取れなかっただろうけど。
今日、わざわざフードコートに来たのは、楽しくおしゃべりをするためではない。目的は他にあるので、強引に話を終わらせよう。
「ねえ、ここどうやって解くの?」
「無視かっ。どれどれ」
俺がぞんざいな対応をしても、しっかり勉強を教えてくれる彼女。
青葉ちゃんは本当に良い提案をしてくれた。
二日前に青葉ちゃんから、三人で勉強しないか、というメッセージが届いた。三人というのは、俺と青葉ちゃんと楓。冬休みの宿題が残っていた俺はすぐにOKした。
どうしてそんな提案をしてくれたのかわからないけれど、俺にとってメリットしかなかったので、気にしないことにした。もしかしたら、俺では役不足になってしまい、優秀な姉の力を借りたくなったのだろうか。真相はわからない。
しかし、提案した本人がここにはいない。当日になって、どうやら風邪を引いたらしい。受験が近いし、無理はしない方が良いだろう。
楓は青葉ちゃんが来ることを知らなかった。青葉ちゃんから口止めされていたのだ。妹が来ると知れば、参加してくれないと思ったのだろう。なので、俺から一緒に勉強しよう、と誘いかけるしかなかった。
以前よりは気楽にコンタクトをとることができた。それでも、彼女から了承の返信が届いた時は、ホッとした。
というわけで、今、俺は楓にマンツーマンで教えてもらっている。大量にあった宿題がどんどん減っている。
本当に同じ高校に通っているのだろうか。
楓は学年一位の秀才。それに比べて、俺は彼女の力がなければクラスで最下位争いを繰り広げることになるレベルの学力。このままじゃダメだよな、と頭ではわかっていても、行動に移すことができない。勉強のやる気が一向に上向きになる気配がない。
二年生からは頑張ろう。きっとやるはず......。
「ヘルプミー」
クレープ一つでは、足りないくらい世話になってるな。
「ここ二乗してみて」
「おお。楓先生さすが」
「ふふーん。先生も言われていい気分になるけど、楓お姉さんって呼んでくれてもいいんだよ」
「絶対言わない。青葉ちゃんから呼ばれてるじゃん」
「青葉はお姉って呼ぶし、ちょっと違う。あと、男の子から呼ばれたい!」
謎のこだわりを持ってるんだな。俺にはどちらも大差ないように感じるけど、彼女にとっては何か大きな違いがあるようだ。
「俺の気分が良ければ、来年の誕生日に言うよ」
「今年言ってよ」
「そういや年変わってたんだな。忘れてた。今年でいいよ」
「よしっ。半年以上先だから、忘れないようにカレンダーに書いとくよ」
そんなことしなくても楓は覚えていそうだな。並以上の記憶力を持つ楓なら。
「あれ?南と天野くん?」
聞いたことのある声だけど、声だけでは思い出せない。俺の名前を呼んだのは誰だろう。声の主を確認するため、振り返る。
「う、宇都宮か」
「名前覚えてくれてたんだね。話したことなかったから、忘れられてるんじゃないかと思ったよ」
喋り終えた後のスマイル、かっけえ。俺が女だったら惚れてる。宇都宮は容姿だけでなく、言動もかっこいいんだよな。
学年一の美少女が楓なら、学年一のイケメンは宇都宮になるだろう。俺にもイケメン要素を少しくらい分けて欲しかった。神様、来世は頼みます。
俺からすれば、宇都宮が俺のような教室でも目立たないタイプの人間の名前を覚えていたことに驚きだ。
「宇都宮じゃん」
楓がひょこっと席を立った。
「久しぶりだな」
「おひさ〜。元気だった?」
「ぼちぼち。南も元気そうで何より」
「まあね」
なんだろうこの会話。仲が良さそうだ。
「二人は知り合いなの?」
「同じ中学だよ」
楓は知ってて当然でしょ、みたいな口ぶりで言う。
「知らなかった。じゃあ、山下さんも同じなの?」
「そうなるね。山下とはクラスも同じだったよ」
ということは宇都宮も勉強がかなりできる方なのだろう。容姿が良いだけでなく、運動神経も抜群。おまけに、勉強もできる。完璧すぎるだろ!
「南が彼氏作ったことを聞いた時はすごいびっくりしたよ。天野くんには負けたよ」
「負け?」
「宇都宮私に告ったことあったからね」
「え」
嘘? 宇都宮は楓のことが好きだった? 過去形じゃないかもしれない。まだ諦め切れず、楓のことを想っているのかもしれない。
告白した結果はどうなったんだ......。
「天野くん顔青ざめてない?」
「え、あ、びっくりして」
「安心して。南に告白して断られて、きっぱりと諦めたから。好きだったのは中二の頃まで。今は好きじゃないよ。それに、彼女もいるし」
中学時代、彼氏がいなかったことは聞いていたはずなのに、直接宇都宮の口から聞けて安堵する俺がいる。諦めた、という宇都宮の真剣な目から本当のことなのだろう、と思った。
どうして、焦ってるんだ、俺は。
「好きじゃないってのはちょっと傷つくんですけどー」
「恋愛対象ではないってことだよ。南も俺のことは異性として好きなわけじゃないだろ?」
「まあね」
「南があの時言ってた好きな人って天野くんのことだったのか?」
「え」
あの時? どの時?
「フられる時、言われたんだよ。今、好きな人がい......」
「ああああああああああああ」
フードコートで良かった。静まり返った図書館だったら、周りからどんな目で見られてたかわからない。ここでもちょっと視線集めてるけど。
「うるさ」
「口を開くなっ」
「あ、はい」
顔を真っ赤にした楓に睨まれ、宇都宮の背筋もピンと伸びる。長身でスタイルが良いから映えるな。
彼女は深呼吸し、口を開く。
「悟は何も聞いてないからね。わかった?」
「は、はい」
いいえ、と答えたら、首をとられそうな気がしたので、はい、と答えるしかなかった。怖いよ。
宇都宮は好きな人がいるからという理由で断られたのだろう。あそこまで聞き取れていれば、容易に想像はつく。
彼女はどうしてその発言を中断させたのだろうか。
宇都宮は勘違いしている。中学時代、楓が好きだった人は俺ではない。学校も違ったし、中学三年間ほとんど会っていない。俺とは別の誰かのことが好きだったのだろう。
過去に好きな人がいたことを知られるのがそんなにまずいことなのだろうか。今、俺たちは本当に付き合っているわけではないので、隠すようなことでもない気がする。二股疑惑が浮上するわけじゃあるまいし。
じゃあ、どうして楓は叫んでまで隠そうとしたのか。
うーん。考えても答えが出そうにない。
「俺は帰った方が良さそうだね。それじゃあ、また」
宇都宮は颯爽と帰ろうとした。
「あ、最後にちょっといい?」
「ん?」
俺は宇都宮にしか訊けないことを訊いておこうと思った。
「山下さんが楓を敵対する理由って何か知ってる?」
同じ中学だった宇都宮なら何か知っているかもしれない。
「中学の最後の方あんまり喋ってないと思ってたけど、まだ続いてたんだね」
「そうなんだよ! 私が山下に何したって言うの」
「山下とは最近喋ってないし、わからないな。いつ頃から始まったの?」
「えーっと、中三になる前くらいかな?」
宇都宮は記憶を遡ってくれているようだ。
「もしかしたら、ちょっとわかったかもしれない」
「本当!?」
「悪い。俺の口からは言えない。山下の気持ちも少しだけわかるし」
「え、どういうこと?」
「その時期に何があったか、一回考えてみて」
優しく微笑み、柔らかい声で言うイケメン。楓がなぜこのイケメンに惚れないのか不思議だ......。
彼女は考え中とわかるポーズをしながら、記憶をたどっているようだ。うーん、と唸っているので、答えにはまだまだたどり着けそうにないかも。
「それじゃあまた学校で」
手を挙げて、フードコートを後にする宇都宮。後ろ姿もかっけえ。
「わっかんない」
答えは出なかったようだ。今日は勉強しに来たはずなのに、これ以上は捗らないだろうな、と思った。
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