第33話 神崎と年越し

「あけおめ。ことよろ」

「おめでとう。こちらこそ、今年もよろしく」

「改まって言うなよ。気持ち悪い」

「酷くね?」


 毎年恒例の歌番組なんかを見たりしているうちに、年が明けた。

 昨年は色々あった。人生で一番濃い一年だったかもしれない。主に楓との関係で。高校入学などそこそこのイベントがあったのに、パッと思い浮かぶ思い出のほとんどが楓とのものだった。

 ちょうど一年前、こんな日々を過ごすことになっていると想像もしていなかっただろうなあ。


 今年は神崎と二人で年越しを迎えることになった。神崎の母が用意してくれたそばを啜っていると、スマホが鳴った。


「南か?」

「多分」


 連絡を取り合う人物は、楓以外にいないのでおそらく合ってる。


『あけましておめでとう』


 スマホの画面にメッセージが表示されていた。楓にしては硬いな、と思って送り主の名をよく見ると、母だった。

 忘れていたよ。毎年、大晦日は家で過ごしていたので、母からメッセージが送られてくることはなかった。今日中に家に帰ることだし、それから言っても良かったのでは、と思ったが、一応、俺も『あけましておめでとう』と返しておいた。


 母に送った数秒後にメッセージが届いた。


『あけおめ!!! ことよろ!!!』


 この文面から誰が送ってきたのかわかる。間違いなく、楓。俺が既読をつけるより先に、メッセージはもう一件送られてきた。


『私悟の一番になれた?』


 意味深な言い方はやめて欲しい。彼女にとって深い意味はないのだろうけど、この文面だけ誰かに見られたら勘違いされてもおかしくない。

 おそらく、年が明けてから一番最初に俺に届いたメッセージが、彼女のものであったかを訊いているのだろう。


『残念ながら一番じゃなかった 一番はうちの母親だった』


 よし。これで送られてくるメッセージは以上だろうな。悲しいことに友達は多い方ではない。むしろ、少ない方だ。次にスマホが鳴れば、楓からの返信だろう。


「おっ。俺のとこにも南からきた」

 

 神崎はわざわざ見せてきた。『あけおめ! ことよろ!』俺とほとんど同じ内容だ。感嘆符が少ないだけ。


「神崎は返信するの大変そうだよね。色んな人から送られてきて」

「そうでもないぞ。『あけおめ』って送るだけだし。まだ七人からしか送られてきてないし」


 多いよ! 俺は二人。そのうちの一人は母。交友関係の狭さでは負ける気がしない。


 通知が届いたので、楓から返信が返ってきたのかと思い、スマホを手に取る。


『あけましておめでとー! また楓ちゃんと翔太と四人でどっか行こ! あ、翔太が変なこと言ってたら殴っといて』


 まさか須藤からも送られてくるとは。最近は会えていなかったので、存在を忘れられていると思っていたけれど、ちゃんと頭の片隅に残してくれていたようだ。


「須藤からきたよ」


 さっき神崎が見せてきたのと同じように俺もスマホの画面を見せた。


「おい。なんで彼氏の俺よりお前の方が楽しそうなんだよ......」


 神崎は須藤とのトーク画面を見せてきた。人差し指で見るべきメッセージを指してくれた。そこに書かれていたのは、『あけおめ』のみ。


「確かに、寂しいね」

「だろ? あいつこういうとこあるよなー。もっと素直になれないのかっていう」

「照れ隠しでしょ」

「そうなのかなあ」


 親密になればなるほど、わざわざ改まって言うほどでもないと判断して、簡素に済ませたくなるものなのかもしれない。


「神崎は大晦日須藤と過ごさなくて良かったの?」

「ん? なんか親の実家に帰るらしいから、無理らしい。そう言う、お前の方はいいのかよ」


 俺たちの本当の関係を考えれば、二人で過ごさなくても何らおかしくないけれど、付き合っていることになっているので、疑問に思っても仕方がない。


「楓は友達数人と集まってるらしい。初詣行くんだって」

「そうなのか。残念だな」


 残念というほどでもない。神崎と過ごすのも悪くなかった。絶対に口には出さないけど。

 駄弁っていると、楓から返信がきた。


『一番だと思ったのに... 来年は一番もらうから!』


 今年が始まったばかりなのに、もう来年のことを話す彼女。来年までこの関係が続いているのだろうか。未来のことはわからないけど、続いていれば良いな、と思った。


 楓には適当に返信しておき、こたつの上に置かれたみかんを一つ手に取り、皮をむく。のんびりこたつに入りながら食べるみかんは格別だった。どの果物よりも美味しく感じるのは、俺だけだろうか。


「そういや文理どうすんの?」


 神崎があくびをした後に、言った。


「文系のつもりだけど」

「お、じゃあ一緒だな」


 俺たち数学ができない組が理系に進んだら、悲惨な結果になることが目に見えているので文系一択。文系科目が得意なわけではないけれど、なんとかなりそうな気がする。根拠のない自信だけど、先生からも文系を勧められたし間違ってはないと思う。


「二年も同じクラスだといいよな」

「うん」

「南は文理選択どうするのか訊いたのか?」

「訊いてないなあ。須藤は?」

「俺も訊いてないけど、古文が得意だから多分文系だろ」


 須藤も勉強は不得意な方だが、俺と神崎と違うのは得意科目があることだ。俺たちは満遍なくどの科目もできない。その中でも、数学が一番苦手な気がする。だから、文系。

 

「じゃあ楓は理系じゃないかな。数学が一番得意っぽいし」

「そうだとしたら、同じクラスになれないかもな」


 一度、文系に進むのか理系に進むのかを訊いておきたいと思った。冬休みが明けたら訊いてみよう。


「あー、眠くなってきたな」


 日付が変わる前よりあくびの回数が増えてきた。


「無理して起きてる必要はないし、寝ようか」

「そうだな」


 神崎はベッドで、俺は床に敷いてもらった布団で。消灯すると、すぐに眠りにつけそうな気がした。

 文系理系について少し頭の中で考えてみたけど、やっぱり文系という結論に至った。そんなことを考えているうちに俺は眠りに落ちた。

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