第32話 南楓とイルミネーション
俺たちは水族館を出て、楓が言っていた人気のスポットへ向かった。水族館の最寄り駅から一駅らしい。駅までの道順はシンプルだったので、迷うことなく着いた。
プラットホームで数分待ち、電車が到着したので乗り込んだ。つり革を持つ乗客が多く、みんなイルミネーションを見に行くのかな、と思った。カップルらしき人たちも多い。俺たちもそういう風に見えているのかもしれない。
「カップル多いね」
楓が小声で言った。同じことを考えていたらしい。
「人多そうだね」
「クリスマスだし仕方ないよねー」
電車が停車し、降りた。
駅からは徒歩数分。集団についていくと、目的地にたどり着くことができた。想像通り、人が多かった。
「きれー。すごくない? 幻想的だあ」
語彙レベルが小学生並になってしまった彼女は、感動していることがわかった。
俺たちが歩く道の両端の木々が煌びやかに輝いている。青白く光っており、別世界に来てしまったように感じられる。進むべき道を照らしてくれているように思えた。
二人で並んで歩いている間、口数は少なかった。けれど、それは気まずいといった感情を抱くことはなかった。いつもなら二人きりの状況で静寂が流れたら、自分から話を振ったり、沈黙を破ろうとしたりしていた。今はそんなことをしなくても居心地の良い時間を過ごすことができていた。
そう感じているのは俺だけではないようだ。満足そうな笑みを浮かべた彼女は、イルミネーションを眺めている。彼女の笑みは、楽しそうというより幸せそうに見えた。
たまに会話を交わしながらぶらぶらしていると、ベンチを見つけたので座ることにした。ベンチは一本の大きな木を囲むように設置されており、座ると背面からイルミネーションの光に照らされて、俺たちがスポットライトを浴びているような感覚になった。ここにいる人々の中心が自分たちであるような錯覚。
おこがましいと思っていたが、そう感じさせるくらいロマンチックな状況だった。
ああ、神崎たちも同じように楽しんでいるんだろうな。いや、俺たちとは別方向の楽しさを味わっているに違いない。俺たちと違って本当に付き合っている二人だ。俺たちは一切手をつないだり、恋愛に発展したりすることはなく、友人として楽しんでいる。恋人関係である二人とは訳が違う。
俺は現状維持を強く求めており、この気が楽な関係が続けば良いな、と思っている。一つ選択を誤れば、簡単に関係は崩れてしまって、修復不可能になってしまう可能性がある。最悪の状況になるくらいなら、現状維持で構わない。
座ってから実際には何分経ったのだろう。三分? 五分? 十分? それとも、まだ一分も経ってないのだろうか。体感ではかなり長い時間無言の状況が続いている気がした。明るく照らされた道を歩く人々をぼんやりと眺めている。
このタイミングを逃したら、もうないかもしれないな。俺はカバンからプレゼント仕様にラッピングしてもらったスノードームを取り出した。楓が座っている側とは反対の方に置いた。
一息吐いて、心を落ち着かせ、声をかけた。
「ねえ」「ねえ」
声をかけるタイミングが被ってしまった。その次に口から出た「え」も被った。
「えーっと、悟からどうぞ!」
「いや、後でいいよ。楓から」
「いやいや、私は後でいいから。どうぞ!」
どちらかが引き下がらないと、堂々巡りするだけだ。彼女は意外と頑固なところがあるので、俺が引き下がるべきだろう。
「わかった。これ。一応、プレゼントってことで」
内心ビクビクしながらも、それを悟られないように至って冷静に渡した。誕生日の時みたいに喜んでくれるかな、と思っていたけれど、予想は外れて、彼女は固まった。失敗してしまったのかと怖くなっていたところで、彼女はカバンから何かを取り出した後、口を開いた。
「同じだ」
何が同じなんだろう?
「これ。私も買ってあったんだ」
「俺に?」
「うん」
彼女は綺麗にラッピングされた少し大きめの箱を渡してくれた。プレゼントを用意していたことが、同じだったのか。
「中身は何だと思う?」
「全然思いつかない」
「そこは外してもいいから、何か言うところでしょー」
「プレゼントを用意してくれていたことに驚きすぎて、何も、思い浮かばない」
「今までちゃんとしたプレゼントって渡したことなかったかもしれないもんね。実はこれも青葉からのアドバイスなんだ」
「青葉ちゃんから?」
「そう。最初はお気に入りのお店のクーポン券を渡そうと思ってたんだけど、それを青葉に言ったらため息吐きながら、哀れんだ目で見られたんだよね。だから買い物に付き合ってもらって、買ったんだ。色とかは私が選んだから!」
はじめのプレゼント内容がなんであれ、渡すつもりであったことに感動している。青葉ちゃんなら何を選ぶのだろう。そこまで厚みはない、かな。色も何種類かあるような物か。時期を考えると......。
「えっと、マフラー」
「おお。さっすが私のことよくわかってるじゃん」
多分、マフラーを勧めたのは青葉ちゃんだろうから、俺がわかっているのは楓のことというより、青葉ちゃんのことかもしれない。そんなこと言わないけど。
「ありがとう。大切にするよ」
彼女は、ふふふ、と表情を緩めた。
「悟のやつは何ー?」
「当ててみてよ」
「うーん。このサイズ感......。わかんない」
「さっき自分で言ったこと覚えてないの? そこは外してもいいから、何か言うところでしょー」
「何それ? 私の真似?」
「そうだけど。似てた?」
「全然」
渾身のモノマネを否定され、ブルーになる。ということはなく、依然高揚したままだった。特徴は捉えられてると思ったんだけどなあ。
「じゃあ香水」
「違う」
「漫画!」
「外れ」
「わかんない」
はなから当てられると思っていなかったので、そろそろ答えを言うか。
「スノードーム、だよ」
「本当!? 最近私がスノードーム欲しかったの知ってたの?」
「そうだったの? 知らなかった。偶然だよ」
前回は須藤の助言のおかげで事前に楓の欲しい物を知っていたが、今回は俺の独断で決めた物だ。本当にたまたま。
「これは誰にも言ってないことだったから、びっくりしたよ。どこから私の情報が漏れてるのかと思ったけど、偶然かー。いや、すごいなっ」
「喜んでくれたようで嬉しいよ」
「最高! ありがと! 悟って私と違って、プレゼント選ぶセンスあるよね」
プレゼントを選ぶセンスが特異である自覚はあったのか。悪くはないと思うよ。貰って嬉しくない物ではないから。心の中でフォローしておいた。
プレゼントを交換し終えた後、お互いプレゼントを持ちながら写真を撮ったけど、やはり俺の写真うつりの悪さは健在だった。しかし、水族館内で撮った時よりは少し表情がマシになった気がした。プレゼントのことを考える必要がなくなったおかげかな。気のせいかもしれないけど。
写真を撮り終え、少し喋った後、立ち上がり、再び歩き始めた。真冬のベンチで座り続けるのは寒すぎた。楓も会話の中で「さむっ」と言う回数が増えていた。
イルミネーションを堪能したので、帰宅するため駅を目指した。
帰り道はずっと喋っていた。中身のない会話だけれど、いくらでも話していられる気がした。時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか電車を降りており、いつの間にか楓の家の前にたどり着いていた。
「今日はお疲れ様。また二人でどっか行こうね」
「お疲れ。そうだな」
「送ってくれてありがとう。あ、言うの忘れてた。メリークリスマス!」
「もうクリスマスは終わるけどね」
「気にしない、気にしない。それじゃ、またね」
楓は手を振りながら、家の中へ入っていった。さて、俺も家に帰ろう。熱い風呂に浸かりながら、今日あったことを思い返したい。
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