第35話 久しぶりの登下校

 数週間ぶりの学校だ。冬休みが終わり、久しぶりの登校。

 年が明けてから、冬休みの宿題を楓に教えてもらったことがあったので、会うこと自体は久しぶりというわけではない。


 冷気は長袖の制服を貫通し、俺の肌まで到達する。ああ、寒い。加えて、眠い。睡眠時間が足りない......。冬休み前にタイムスリップしたいなあ。

 叶うはずのないことを考えているうちに、学校に着いた。


 教室前で楓と別れて、自分の教室に入る。俺の感覚は衰えてなかったようで、教室に着いたとほぼ同時にチャイムが鳴った。

 

 担任の長話を聞いた後、全校集会が行われるため体育館へ移動。移動中、久しぶりに会った友人たちとの会話に花を咲かせる同級生たちが生徒指導の犬塚に何度か注意を受けていた。彼らは「はーい」と言いつつも、少しボリュームダウンし、会話を再開する。で、また怒られる。そんなことを繰り返す彼らを見ながら、体育館まで移動した。


 校長先生の話もまた長くて、眠くなってしまう。というか、寝た。もっと簡潔に終わらせられないのか、もっと面白くできないのか、と毎度思っているが、校長先生にも立場というものがあり、仕方のないことなのだろう。


 全校集会も終わり、俺たちは教室に戻った。宿題の提出などを済ませ、本日二度目の担任の話が始まった。今日はこれを聞き終えれば、帰れる。また、寝そう。


「......来週の水曜日から面談あるからな。ちゃんと文系か理系か考えておけよ」


 夢の世界に足を踏み入れる一歩手前で、先生の文理選択の話題があり、目は冴えた。楓に訊くのをすっかり忘れていた。

 先生ナイス!


 担任の話も終わり、解散となった。今日、学校に来た意味をあまり感じられないが、明日から本格的に始まる学校生活への準備運動のようなものだと思っておこう。

 クラスメイトのほとんどが教室に残って、冬休み中の出来事について話し合っている。宇都宮の周りには男女数人が集まっていて、楽しそうに談笑している。またいつか山下さんのことを訊きたいけど、いつも宇都宮の周りには人がいるので、機会がなさそうだ。


 俺は話す相手も特にいなかったので、早々と教室を出る。神崎とは冬休み中に連絡を取り合っていたし、何度か会っていたので、わざわざ教室に残って話すようなこともなかった。


 楓がいる教室の前へ移動した。

 一分も経たないうちに、教室からぞろぞろ出てくる。通行の妨げにならないように、壁際に寄って待つ。


「よっ」


 新学期初日だと言うのに、彼女は元気だ。学校が始まり、憂鬱な俺にその元気を少し分けて欲しい。

 

 廊下で話す人も結構いるなあ。ざわざわしている。文理選択を訊くのは、校舎を出てからにしよう、と思った。



「文系か理系かもう決めた?」


 靴を履き替え、校舎を出たところで、訊いてみた。


「私? 決めたよ。当ててみて」


 今までクイズ形式で正解できた記憶がないけれど、今回は五十パーセントの確率で正解できる。文系か理系の二択だ。さらに、楓は数学が得意という情報もある。

 今日こそ正解できるかもしれない。


「理系」

「理由は?」

「数学が得意だから」


 ありきたりな理由だけど、理系を選ぶのにはもっともなものだと思った。


「ぶっぶー。私はね、文系に進むつもり」

「そうなの? なんで?」

「それはね。悟と同じクラスになりたいからだよ」


 彼女の言葉をそのまま受け取り、一瞬、ドキッとしたが、数ヶ月も一緒にいれば本気で言ってるわけではないことに気がつくことができた。ニヤニヤしてるのは俺の反応を楽しんでいるんだろうな。

 やられるばかりでは不服なので、ちょっとやり返したくなった。


「そうか。俺も同じこと考えてた。そう思ってくれてるなんて嬉しいよ」


 すました顔で、サラッと言う。普段なら絶対言わないようなことなので、楓も本気で言ってるわけではないことに気づくだろう。

 

 彼女の足が止まった。振り返ると、学校を出てすぐの小さな橋の上で、口をパクパクさせて困惑している姿が見えた。

 もしかして、本気だって捉えられてしまった?

 

「ま、まあ、悟は私がいないとテストヤバイしね。同じクラスだったら、進度も同じで一緒に勉強しやすいもんね。そういうことだよね。別に深い意味とかないよね。い、いやー、悟がそんなこと言うなんて意外すぎて、びっくりしてる」


 かなり早口でまくし立てる。一息で言った彼女は、ふぅ、と胸に手を当て息を吐いた。

 

「あのー、さっきの冗談だったんだけど......」


 これ以上、言うタイミングが遅れると言い出しづらい。今でも充分言いづらいけど。


「へ? 冗談?」

「う、うん。楓もさっきの冗談でしょ。だから、冗談で返した」

「な、なんだあ。私、本気にされちゃった、どうしようってすっごい焦ってた」

「見てて、面白かったよ。いてっ」


 軽く俺の肩にグーパンして、俺を放って歩き始める。


「私を騙したお返し」

「いやいや、最初に言ったのは楓の方なんだけど」

「最後に言った方が悪いの!」


 横暴だ......。


 俺が楓に追いつくと、歩くペースを上げる。どうやら今は並んで歩きたくないらしい。

 新学期早々、どうしてこうなるんだ。機嫌は明日にでも直るでしょ。多分。


 いつも別れる公園が見えてきた。このままだと、何も言わずに楓は帰りそうだなあ。


「最後に訊いてもいい? 文系にした本当の理由」

「英語が好きだから」

「数学が得意なのに?」

「うん。得意科目は数学だけど、好きな科目は英語。私も最初は理系に進もうと思ってたんだけど、ちょっと不安になって先生に相談したら、将来の夢を叶えるのに近道になる方を選べって言われて、決まってないって言ったら、好きな科目で決めた方がいいって言われた」

「どうしてなんだろう」

「先生が言うには、現時点でどれだけ苦手だったとしても、その科目のことが好きなら絶対成績は伸びるんだって。私、英語はそんなに得意なわけじゃないけど、好きだから頑張れそうな気がする。英語関連の仕事だったら文系だろうし、文系に進むことにする」


 俺は数学が苦手だから、文系。と、かなり適当に決めてしまった。

 好きな科目はないけれど、強いて言えば、歴史。文系選択は間違ってなかったのかもしれない。


 楓は英語が得意ではないと言っているが、俺や神崎の不得意とはレベルが違うんだろうな。満点逃したから不得意、みたいな。


「四人全員同じクラスになれたら、いいな」

「悟だけ別のクラスだったら、面白いね」

「振り分けた先生を一生恨むよ」


 最後に少しだけ機嫌が直ったのか、微笑んで「じゃあね」と言って、公園に背を向け歩き出した。

 

 楓は文系かあ。本当に全員が同じクラスであって欲しいな。

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