第25話 南楓の妹
二学期の中間考査も楓のおかげで乗り切れた。
楓はいまだに一位の座を誰にも譲っていないらしい。これだけ賢いのに、なんでうちの高校に来たんだろう? 中高一貫校に通っていたのだから、わざわざ他校を受験しなくてもエスカレーター式で高校に上がれたはずだ。彼女の成績的に授業についていけなくて、公立に移ったというわけではなさそうだ。理由を訊きたいが、深刻な事情があったら、と思うと訊きづらい。いじめられていた、とか。
いつか自然な流れで訊いてみたいな、と思う。
「おじゃまします」
「どうぞー」
数ヶ月ぶりに楓の家に来た。一人で来るのは数年ぶりなので、ちょっと緊張する。
階段を上ろうとした時、リビングの扉が開いて中から人が出てきた。楓によく似ている。見たことある気がする。
「見たことある。誰だっけ?」
楓似の少女は小首をかしげて、言った。向こうも同じような感想を抱いていたようだ。年齢は俺たちとそんなに変わらない。ということは。
「もしかして、青葉ちゃん?」
「もしかして、悟?」
「そうだよ。久しぶり。大きくなったね」
青葉とは楓の妹。最後に会ったのは小学生の頃だから、一瞬、誰だかわからなかった。姉によく似ており、美人フェイスだ。
「そりゃ大きくなるよー。青葉、もう中三だよ」
顔だけでなく、性格も姉と似ており、陽気だった。明るさだけなら楓以上かも。
「歳は一つしか離れてないもんね。来年はうちの高校受けるの?」
「そのつもり! 猛勉強が必要だけど......」
「頑張ってね。俺にできることがあれば、何でも言って」
「おー。やっさしー。お姉に勉強訊いても、めんどいーって言われるから助かる!」
「そうなの?」
意外だった。俺たちには快く教えてくれるのに。兄弟がいないのでわからないが、姉妹の距離感とはこういうものなのだろうか?
「私のことはいいでしょ! 悟、上行こ。あと、呼び捨てで呼ぶのやめなよ」
少し妹に対して語気が強くなってる。青葉ちゃんはニコニコしており、普段の楓を見ているようだった。
「呼び慣れてるしー。そういやお姉よく悟のこと家で話してるよ。誕プレ貰った時なんか青葉に何回も自慢してきたし」
「マジ?」
「マジです」
誕生日にあげたプレゼントを喜んでくれていたようで、ホッとする。
楓は家で学校であったこととか色々話してそうだもんなあ。以前に、お兄さんとも二人で映画を観に行っていたようだし、家族仲は良好なのだろう。夕飯を囲みながら、話しているところを想像すると、微笑ましい。
青葉ちゃんから視線を外し、楓の方を見ると、顔を真っ赤にして、「ちょ、ちょ。え......」と言葉を上手く発することができず、おろおろしていた。本当顔に出やすい人だ。何回か機能停止状態の楓を見ているけど、一度こうなってしまうと、誰かのアシストがなければ話が進まない。ちょっと可愛いけど、困っているようなので早く二階に上がった方が良さそうだ。
「それじゃあ、また今度ゆっくり話そ」
「うん! あ、連絡先だけ教えてよ! 私もスマホ買ってもらったんだあ」
「おっけー」
連絡先の交換をしている間、楓は顔を見せないように俯いたままだった。交換し終え、俺たちは楓の部屋に向かった。
数ヶ月ぶりに入ったけど、特に変わった様子はなかった。あ、一つだけあった。アロマキャンドル。窓際に数種類のアロマキャンドルが並べられており、まだハマっていることがわかった。
「やっぱ綺麗だね」
「え、急に何言ってんの!?」
「いや、前回来た時も思ったけど、部屋整理されてるなーって思って」
「あ、ああ、部屋か。そうだよね。うん。あ、さっきの青葉の言ってたこと忘れてね! 悟の話が多くなるのは一緒にいる時間が長いから必然であって、他意はないから」
人間、そんな簡単に忘れられたら苦労しない。俺だって忘れたい過去はある。一部の記憶をゴミ箱に入れたら綺麗に削除できれば良いのに。まあ、そんなことできないから過去と付き合っていくことになるわけで。ああ、人間の脳って不便だなあ......。
彼女の発言からかなり逸れてしまった。「他意はない」。そりゃ、そうだ。俺のことがよく話題に挙がっていても不思議ではない。それは俺と過ごす時間がただ長いから、という理由。彼女の言う通り、「他意はない」のだろう。
「忘れられるように努力はしてみるよ。で、貸してくれる漫画ってどれ?」
努力してどうにかなる問題ではないけどね。
今日、楓の家に来たのは漫画を借りるためだ。俺の誕生日プレゼントとして楓が少女漫画を貸してくれるらしい。借りるだけだから、いつか返さないといけないけど。期限は決めないので、返却日はいつでも良いとのことだった。
誕生日当日に、彼女からおめでとうと共に少女漫画を貸してあげる、という内容のメッセージが届いた。漫画を貸して欲しいと頼んだことはなかったが、せっかく貸してくれると言っているので、借りることにした。少女漫画読んだことないけど。
「えっとね、ちょっと待ってね」
本棚から何冊も抜き出していく。抜き出した漫画たちを机の上に積み上げていく。持って帰るの大変だぞ......。
「そのくらいでいいよ。重そうだし」
「えー、じゃあ、あとこれだけ。私のお気に入りだから」
何十冊あるんだ......。楓が大きめの袋に詰めていく。「おもっ」と言いながら、漫画を詰めているが、持って帰る俺は家まで肩が持つだろうか。
「はい」
「あ、ありがとう」
一度さげてみたが、肩がもげるかと思った。いや、絶対無理。途中で、力尽きるって。
「もうちょっと減らしてもいい? 肩が死ぬ」
「貧弱ですなあ。しょうがないなー。じゃあ、このシリーズはまた今度貸すことにしよう」
そう言って、彼女は漫画を数冊取り出した。まだ重そうだけど、これくらいならなんとか持って帰れそうだ。
「そういや、どうして漫画を?」
「誕生日だから?」
「誕生日で自分の漫画を貸すって中々レアだと思うんだけど」
「私、誕生日に結構いいもの貰ったじゃん? だから、悟の誕生日に何を渡すかすっごく迷ったんだよね。で、結局いいプレゼントが思いつかなかったから、私の好きなものをプレゼントしよーって思ったわけ。借り放題だからいつでも言ってね!」
好きなものをプレゼントで漫画借り放題券をプレゼントってかなり珍しい部類になると思うけど、彼女らしい、とも思った。小学生の頃、彼女の誕生日にカエルのぬいぐるみをあげたら、俺の誕生日にはカエルのキャップがついた鉛筆を五本プレゼントされたことがあった。今思うと、俺はプレゼントを貰っていたと言えるのか、怪しい。なんか一方通行な気がしてきた。昔からあまり変わってないんだなあ。
「ありがたく読ませていただくよ」
「うん! 読んだら私と語り合おう」
少女漫画にハマるとは思えないけど、せっかく借りたのだから休日にちょこっと読もう。
一時間ほど楓の部屋で駄弁って、俺は帰宅することにした。
玄関先で楓に少し待つように言われたので、靴を履いて待つ。
「お待たせー」
彼女の手の上に載せられた容器が見えた。
「普段料理はあんまりしないから、上手くできたかわからないけど、良かったら食べて。青葉と作ったから、まずいことはない、はず」
「俺に?」
「うん。数ヶ月お世話になってるわけだしねー。あと、誕生日祝い」
透明な容器から中身がチョコケーキであることがわかった。俺はケーキならチョコが一番好きだ。毎年チョコケーキを誕生日に食べていたことを覚えていてくれたのか、偶然なのかはわからないけど、俺のために作ってくれたことに気分が高揚する。こっちがメインのプレゼントな気がする。
「嬉しい。ありがとう。また味の感想をちゃんと伝えるよ」
「感想は聞きたいような、聞きたくないような......味はあんまり期待しないでね。本当料理しないから!」
リビングの扉が少し開いた。
「お姉頑張ってたから、ちゃんと食べてあげてね!」
扉の隙間から顔をひょっこり出した青葉ちゃんが言った。
「青葉は中入っててよ」
青葉ちゃんは親指を上に向け、顔を引っ込め、扉を閉めた。
「じゃあ、また学校で」
「うん。またね」
帰り道、漫画の存在を忘れるくらいケーキのことで頭がいっぱいだった。いつの間にか家の前までたどり着いていた。漫画の重さによる疲労感はほとんどなかった。
夕飯を控えているというのに、俺は蓋を開け、一部を皿に移し、食べた。少し苦め。けれど、まずいということはなく、美味しい。楓がハードルを下げないでも、十分美味しいと思える味だった。市販のケーキでは絶対に味わえない、そんな味。皿に移した分を食べきり、ここまで満足感を得ることは市販のものではできないだろう、と思った。ああ、最高だった。
夕飯を食べ終わった後、楓に感想を送っておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます