第24話 南楓とアピール
「ねえねえ、最近アピール足りないんじゃない?」
登校中に隣で楓が何か言ってる。アピール? なんの? 誰に?
「アピールって?」
「私たちがお熱いカップルだってことの」
手に持っていた体操服を入れた袋を落としてしまった。お茶を飲んでる最中だったら、吹き出していたかもしれない。
「落としたよ」
彼女が少し屈み、取ってくれた。
「ありがとう。で、どういうこと?」
「ん? そのままの意味だけど。私たち最近、マンネリ化っていうのかなー、新鮮味が薄れてきてる気がするんだよね。もっと周囲に私たちの仲をアピールする必要があると思うんだ。はじめの頃はさ、よく話題にもされて、休日どこか行ったかー、とか色々聞かれたけど、ここ一ヶ月くらいはそんな話全くないんだよね。実際二人でどこにも行ってないから、作り話を考える必要もないし、話題に上らないのはありがたいんだけどね」
最後に二人でどこかへ行ったのは夏休みが最後かもしれない。一ヶ月以上二人でどこへも行ってないなんて、俺たちは本当は友人という関係性にも達していないのではないか、と思えてしまう。
「じゃあ、何がご不満で?」
「久しぶりのクイズのお時間でーす。この一ヶ月で私が告白された回数を答えよ」
「複数回はされてるんだ......」
「そうなるね」
楓が告白されては、俺の存在価値がなくなる。なんのために付き合う演技をしているのかわからなくなってくる。
何回くらいだろう? バレーボール大会の時のも含めて良いよね? あれってここ一ヶ月の話だっけ。よく覚えてないけど、俺も告白シーンを一度見ている。となると、俺の知らないところでも数回告白されているはずだから、四回くらいか?
「四回」
「ハズレ」
たった二、三回でわざわざクイズにするとは思えない。きっと、五回以上告白されたのだろう。
「何回?」
「八」
俺たちが再会した時は七回だった気がする。
「え? 増えてない?」
「うん。ここ一ヶ月が自己ベスト」
普通なら誇れることなのかもしれないが、告白されたくないと思っている楓にとっては厄介なことだろう。というか、八回ってヤバくね? 週に数回、別の男子に告られてるんだろ? こうして話していると、忘れそうになるが、容姿は抜群に良い。容姿目当てで告白する男子が多くても不思議ではない。バレーボール大会のチーム雰囲気を見ても、周りからの信頼も厚そうだ。性格も良し。たまに悪魔みたいになる時があるけど。
才色兼備でおまけに運動神経抜群な彼女に告白するなんて、よっぽど自分に自信があるのだなあ、と感心する。当たって砕けろ的な? 付き合えたらラッキー的な? 楓がOKすることは万に一つもないだろうけど。
それにしても、俺と付き合う演技を始める前より回数が増えてるのはどういうことだ?
「なんで記録更新してんだよ......夏休み前はそこまでだったろ」
「私も詳しくはわかんないけど、多分、バレーボール大会のプレーを見て、好きになってくれる人が何人かいたんだよね。『あなたのサーブに僕はやられました!付き合ってください』とか『僕を南さんのコートに入れてください』とか。謎の告白を上級生から数回された」
ポーカーフェイスが得意な俺でもそんなこと言われたら、嫌悪感を露わにしそうだ。というか、二つ目のは告白なのか? おそらく、楓は笑顔で、ご丁寧にお断りしたのだろうけど。
上級生なら俺と楓が付き合っていることになっていることを知らない人がいても、おかしくない。それでも、八回は多すぎる気がするけど。
「それは大変だったね......お疲れ様です」
「本当だよ! こんなに告白されるのはアピールが足りないんじゃないかって思ったの」
「俺も可能な限り協力したいけど、何か案はあるの?校内でイチャつくのは嫌なんだけど」
「廊下で手をつないで教室まで行こうとしてたんだけど、ダメ?」
「ダメ」
注目の的になり、みんなから見てもらえるとは思うけど、俺の精神が持たない。耐えきれず、途中で逃げ出してしまうと思う。
「いい方法だと思ったのになー。じゃあ、悟も帰りまでに考えといてー。いいの思いつかなかったら、明日手をつないで教室入ることになるから」
一般的に考えれば、美少女と手をつなげるイベントはご褒美と考えられているかもしれない。俺も無関係な美少女と手をつなげるイベントがあれば、喜んでつなぐ。けれど、幼馴染ということもあり、手をつなぐことに抵抗がある。俺の心が乱されるだけだ。楓は手をつなぐくらい何とも思ってないんだろうけど。
できるなら、避けたい。いや、避けなければ、ならない。
「考えておくよ」
「期待してるよっ」
「ねー、いい方法ない?」
昼休憩に神崎と昼食を食べながら、相談に乗ってもらっていた。
「いい方法なあ。手つなげば解決なのにな」
「それは嫌」
「お前も手つなぐことは嫌じゃないだろ?」
「それはそうだけど。でも他の方法がいい。なんかない?」
「お前たち外では二人ですげー喋ってるのに、校内では全然喋らないよな。校内でもう少し喋ったらアピールになるんじゃね?」
言われてみれば、付き合っているというのに俺たちは校内でほとんど喋らない。登下校は一緒なのに、学校に着いたら無視しているわけではないけれど、クラスが違うせいで喋る機会がかなり少ない。
確かに、校内でのアピールが足りていなかったのかもしれない。神崎、ナイス!
「一回提案してみるよ。助かった」
「おう」
放課後になり、楓が教室前で待ってくれていた。
「帰ろー」
「ちゃんと考えたよ」
「何を?」
彼女はキョトンとした様子で、小首をかしげる。絶対忘れてるな......。
校門を出たあたりで、神崎が考えたことを伝えてみた。
「どうだろう? 校内でほとんど喋らないと、俺たちは自然消滅したと思われてもおかしくない気がする」
「確かにそうだね。こうやって登下校中はすっごく喋るけど、誰も見てないもんね」
登校時間が遅いため、学生の姿が少なく、アピールとしては弱かった。下校時間は部活をやっている学生たちは遅くなるし、教室でトークを交わしてから帰る学生もいる。バラバラ。
「いい案だと思わない?」
「うん。いいと思う。手つなぎ作戦が実行されないのは残念だけど」
「え?」
「冗談だよ。私なんかと手つなぎたくないよねえ?」
「いや、そんなことは。あっ、でもつなぎたいという意味でもなくてですね。えーっと......」
「そんなに困らないでよ。つないでみる? 友達でも手くらいつなぐでしょ?」
俺にそんなフレンドリーな友達はいなかった! アメリカ人が挨拶でハグするように、楓のような人たちにとって、手をつなぐなんてその程度のことなのだろうか。俺はそちら側の人間ではないので、緊張するし自然にできない。
「......今日はやめとくよ。決してつなぎたくないからとかではないから」
「ふふ。そっかー。ちゃんとわかってるよ」
ダメだ。手をつなぐことで、俺の中の何かが変わってしまう、そんな気がした。何が変わるのか、なんとなくわかるような気もするけど、わからないままにしておきたい。これ以上、心を乱したくないから。
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