第22話 告白現場

 そうに違いない。俺は告白の一部始終を偶然見てしまった。この後、どうなるのか気になる。悪いとは思いつつも、耳を傾けた。盗み聞きだ。


「ねえ、ダメ? 俺と付き合ってよ」

「さっきも言いましたけど、好きな人がいるので」


 やっぱり。予想的中だ。楓は笑顔を絶やさず、対応している。


「それって、あ、えー、赤坂くんだっけ?」

「天野です」


 自分の名前を呼ばれたことにドキッとする。わかっていたことだけど、好きな人を聞かれた時に俺の名前を挙げているんだと思うと、顔が火照っているのがわかった。

 てか、俺の名前間違えすぎでしょ。『あ』しか合ってないよ。文字数も違うし。俺も富永のこと間違えてたから、人のこと言えないけど。


「どんな奴か知らないけど、俺の方が絶対良いと思わね? 楓ちゃんに絶対釣り合ってないって。ね、俺と付き合おうよ」


 今時こんな奴がいることに驚いている。不釣り合いなのは俺も認めていることだし、何とも思わないけど、馴れ馴れしくちゃん付けしてるところに腹が立つ。どんな奴か知らないのに自分の方がイケてると思ってるとか、どれだけ自信過剰なんだよ。まあ、自信過剰になるくらいの容姿を持ち合わせているので、さらにイラっとくる。俺は植木の隙間から睨んでおいた。


 楓は俯いたまま、何も喋らない。これは機嫌がよろしくない日の楓さんだとわかる。数ヶ月一緒にいると、わかってくることも多い。


「ねえ、どうしたの?」


 何も話さない彼女に待ちきれず、声をかけている。結末はどうなるかな。

 彼女が口をゆっくり開いた。


「......悟、天野くんのことをよく知らないようなので、教えてあげますね」


 彼女は一呼吸置いて、続けた。


「他人を貶めるようなことは言わない人。私のわがままに付き合ってくれる優しい人。嬉しいことや楽しいことを共有したい人。これからも一緒にいたいって思える人。それに、人の気持ちを考えられる、そんな人。私は天野くんのことが好きなので、付き合うことはできません。すみません」


 頭を下げながら、柔和な声で、諭すように彼女は返答した。

 強引に付き合おうとしていた先輩は、言い返したいけど言葉にできない様子で、口を半開きの状態にしたまま何もできずにいた。暴力に走ったらどうしよう、と見ててヒヤヒヤしたが、誰が来てもおかしくないこの状況で、そんな手荒なことはせず、彼女に背を向け、荒々しい態度のまま体育館の中へ入っていった。俺の隣を通る瞬間に「チッ」と舌打ちをしたが、俺が天野だということに気づいていないだろう。ただただ、下級生が近くにいて、ムカついたから舌打ちをしただけ、だと思う。


 こんな現場を想定しているはずがないので、さっきの発言は楓のアドリブ。俺を褒めに褒めまくっていたのを聞き、鏡を見なくても顔が真っ赤になっているのがわかる。恥ずかしい。

 とりあえず、この場から離れないと。楓に見つかれば、面倒なことになる。音を立てないように、すっと立ち、体育館に入ろうとした。が、失敗。雨のせいで扉付近が濡れており、盛大に滑った。痛い。

 誰にも見られていないか心配になり、辺りを見渡したが、幸い、一人にしか見られていなかったようだ。一番見られるとまずい人物と目があってしまったけど。


「悟じゃん。こんなとこでどしたの。大丈夫?」

「えっと、水飲みに行こうと思ったんだけど、滑ってさ。滑るから楓も気をつけて。じゃっ」


 俺はすぐにでも立ち去りたかったので、無理やり話を終わらせようとした。


「もしかして、見てた?」


 心臓がキュッとなった。しらばくれても無駄だろう。


「......ちょっとだけ」

「だよね」

「......どうしてそう思ったの?」

「耳が赤かったから。コケた恥ずかしさからかなーって思ったけど、悟がそんなことで恥ずかしがると思わなかったから」


 俺にも羞恥心はしっかりあるし、恥ずかしい。けれど、顔を赤くするほど恥ずかしいかと問われたら、そこまで、と答えるだろう。


「さっきの上級生の告白を断るために、言ったことだもんな。大丈夫。気にするな。俺はさっきのことを忘れるから」

「そんな簡単に忘れられるわけないでしょ! 恥ずかしくなってきた......」


 楓の頰も赤く染まっていく。肌が白いからわかりやすい。

 今日は羞恥を覚える人が多い。神崎にも同じ気持ちを味わわせてやりたくなった。


「本気だって捉えてないから大丈夫! 気にせず、試合頑張って!」

「......恥ずかしすぎて集中できないかも。うう。頑張る......」


 楓と別れた後、ウォータークーラーに向かった。

 本来の用途とは異なるが、顔が熱かったので、俺は水を顔面に浴びせた。

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