第21話 試合開始
トーナメント制になっているので、負けたらそこで終了。俺のチームは経験者が一人しかいないため、おそらく初戦敗退。決勝が終わるまで、どうやって暇を潰すか。
富永がスタメンを決めてくれた。判断材料は練習の数分間しかなかったが、俺はありがたいことに選ばれた。この中ではマシな方だったのだろう。神崎も選ばれている。本格的なルールでやるわけではないので、随時交代していっても良いとのことだった。一チーム十人ほどいるのだから、どんどん交代していかないと一度も試合に出れず終わってしまう可能性もある。特に初戦敗退濃厚なうちのようなチームだと。
体育館を二分割し、二試合が同時に行われる。どのチームと当たるかは運。バレーボール部員が多いチームと当たれば、敗北が決定。どうか初心者が多いチームと当たってくれ、と祈る。代表の富永がくじを引き、二年生のあるチームと当たった。身長だけならうちのチームの方が高そうだ。ぱっと見、力の差はそんなにないように思えた。まずは初戦突破だ。負けたら暇になるのだから、勝ち進めれるならその方が良いだろう。
俺たちの試合の番になった。富永が声出しを行い、俺たちはコートへ向かった。
「負けたなー」
「うん」
初戦敗退。力の差は歴然だった。俺たちは手も足も出ず、敗れた。試合終了後、ある学生の話を盗み聞きして知ったのだが、相手チームにはバレー経験者が六人いたそうだ。そりゃ、負けるよな。スタメンに選ばれたが、俺と神崎は富永の足を引っ張ってばかりだった。唯一、渡り合えていたのは富永。けれど、団体競技であるバレーボールで一人で勝つなんてことは難しく、大差をつけられた。
今回のバレーボール大会で一つわかったことがある。富永は良い人。富永の足を引っ張るようなことがあっても、一切嫌な顔をせず、ドンマイ、と声をかけてくれた。控えのクラスメイトくんと交代した時も積極的に声を出していた。心の中で、富永のことをこれからはリスペクトすることに決めた。名前も間違えない。
「やることねえよなー」
神崎が暇そうに言った。敗退したチームはどこも手持ち無沙汰になり、駄弁る以外にすることがなかった。交友関係を広げようという考えは俺たちにないせいか、二人でぼーっと目の前で行われている試合を眺めていた。今、一年生の他クラスのチームと三年生がやってる。体操服の色で学年は判別できる。今は一年生が勝っているが、その差は二ポイントなのでかなり競り合っている。
「やっぱ三年つええ」
「最後のすごかったね」
三年生が逆転し、勝利していた。高校最後のイベントだからか、気合の入り方が違うのかもしれない。
「あー、飽きた。家に帰っちゃダメか?」
「先生に訊いてみたら?」
「そうだな」
本当に訊きに行ってしまった。許可が下りるわけないのに。学校行事を飽きたからという理由で早退するなんて、許されるはずがない。俺の位置からは何を話しているのかわからないけど、どうやら怒られているようだ。バカだ。
「んだよ。怒らなくてもいいだろ」
ふてくされた神崎が悪態をつきながら、戻ってきた。
「どうして帰れると思ったのか、そこに至る思考回路を詳しく知りたいよ」
俺の右隣に座った。さっきと座る位置が逆だ。特に意図はないのだろうけど。
「千草の試合次らしいし、見に行くか?」
「まあ、やることないし、行こうか」
須藤のチームの試合は反対側のコートだったため、見やすい位置まで移動した。スタメンではないようで、壁に背をつけて座っている。まだ俺たちが見に来たことには気づいていないようだ。
「恥ずかしいから隣で大声で応援なんてしないでね」
「するわけないだろ。お前こそ南の試合でするなよ」
「俺がそんなことするようなキャラに見える?」
「全く」
試合は須藤のチームが劣勢のまま進んだ。
「なんかあったのか?」
ある学生がどうやら突き指をしてしまったらしく、試合が一旦中断された。須藤が代わりで出てきた。
気合は十分らしく、「よしっ」と言いながらコートに入った。試合が再開されて、いきなり須藤のところへボールが飛んできた。「ひゃっ」と声を上げて、背を向けて逃げてしまった。
「......大丈夫なの」
「多分」
須藤は切り替えが速く、また気合を入れ直し、ボールを待ち構える。が、上手く返せず、ボールは須藤の望まぬ方向へ飛んでいった。
「ねえ、須藤って狙ってやってるのかな?」
「言ってやるな。これがあいつの本気だ」
同じチームのメンバーは須藤のプレーに対して苛立っている様子はなく、みんな負け試合だと割り切っているのか笑っていた。これも須藤が今まで築いてきた交友関係があってこそだろう。雰囲気は良さそうだった。
須藤が額でボールを受けたタイミングで控えのとある女子生徒さんと交代した。差はさらに広がっていた。まあ、須藤以外のメンバーもそこまで上手いわけではなかったし、彼女一人の責任ではないだろう。
堂々と、やりきった様子でコートから出ていった。メンタルが強すぎないか?
試合は須藤のチームが敗れ、決着がついた。次の試合がすぐに始まるので、コート外へ散っていく。
「よお」
神崎が須藤に声をかけに行った。
「え、見てたの?」
「最初から最後まで見てた」
「......天野くんも?」
「うん」
須藤は耳を赤くし、神崎を睨みつけ始めた。こっちに視線を向けられないか心配だ。俺も殴られてもおかしくない間柄になってきた気がしているので、須藤の行動には要注意だ。
「なんで見てんの」
「俺たち初戦敗退で暇だったし」
「私の試合なんか見るな! めちゃくちゃ恥ずかしい」
メンタルが強いというのは、俺の思い違いだったようだ。やせ我慢みたいなものだろう。
「なかなか頑張ってたじゃないか」
「何その上から目線。ムカつく。翔太は運動そこそこできるからいいけど、私は苦手なんだから」
「知ってる。苦手なものは誰にだってあるんだし、他の分野で頑張ればいいんじゃね」
神崎にしては普通に返している。また、言い争いが始まるのかとヒヤヒヤしていたが、心配は無用だったようだ。
「そうだよね。あれ? でも私、勉強も苦手だし、いいところなくない?」
露骨にテンションを下げて、言った。
「いいところなら、いっぱいあるぞ。可愛いし、髪綺麗だし、料理もできるし、あと何より一緒にいて気が楽だな。それに俺はSかMどちらかと言えば、Mだ。だから、俺はお前と結構相性いいと思ってるぜ」
俺、ドン引き。須藤を励ますために、言い連ねたということはわかる。けれど、神崎がMである情報なんて誰が知りたい? 今年のくだらない情報ランキングでトップに君臨しそうだ。
「そ、そう? 照れるし、やめてよ。私もあんたのそういう性格好きだけど」
ああ、始まった。この二人は喧嘩か惚気の二択しかないのか? 俺はすでに外野だ。ここは邪魔しないように気配を消して去ろう。
体育館の壁にトーナメント表が貼られている。楓のチームはいつ出てくるのかと思い、見に行った。次か。須藤たちが行っていたコートとは反対側。だから俺と神崎がはじめにいたコートで次に試合を行うようだった。彼女の姿は見当たらなかった。体育館の外にでもいるのだろうか?体育館内にいて、気づかないはずがない。今のはちょっと自分に引く。
楓の試合まで時間があったので、水を飲むためウォータークーラーのある体育館の外へ向かった。
ん? 楓? 体育館を出ると、あまり手入れされていない緑色の植木の隙間から彼女の姿が見えた。もう一人誰かいる。けれど、俺の知らない人物だった。体操服の色から上級生であることがわかった。
体育館の外にわざわざ美少女を呼び出す理由って......。
告白。
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