第17話 天野は誕プレに悩む

 夏休みが始まってから楓とは一度も会っていない。数ヶ月間二人で登下校をしていたので、数日会っていないだけで、少し寂しさを感じる。

 久しぶりに話したいな、とは思う。けれど、どこかへ行こう、と誘う勇気なんて俺にはない。誘えば了承してくれそうだけど、自分から連絡をすることすら躊躇ってしまう。「何勘違いしてんの?」とか思われたらどうしよう。楓はそんなこと思わない、と思いたい。いや、内心何を考えているかなんて他人にわかりっこない。前にスイパラ行った時も本当はいやいやだったりして......。もしあの笑顔も演技であったのなら、本当にすごい役者になれるだろう。考えれば考えるほど、ネガティブに......。


「はあ」


 学校が始まるまで約一ヶ月かあ。毎日学校から与えられた宿題をやる以外に、予定はない。たまに神崎と遊びに行くくらいだ。

 カレンダーを眺めていると、八月七日で目が止まる。友達として、何かプレゼントを渡した方が良いのだろうか。でも、流行に疎い俺は、何を渡せば喜んでくれるのかわからない。彼女の好きな物?三年も経てば、あの頃とは趣向が変わっているかもしれない。

 プレゼントは気持ちが大切、と聞くけれど、やっぱり何を渡すかはそこそこ重要である気がする。いくら気持ちがこもっているとはいえ、彼女の嫌いな食べ物をプレゼントし、喜ぶとは思えない。やはり、プレゼント自体も重要なのだと思う。


 普段からお世話になっているし、お礼も兼ねて何かを渡したい。

 

「うーん」


 迷う。俺一人では、答えが出せそうにない。こういう時はあいつに訊いてみよう。なんか最近よく頼ってる気がするな。頼られることも多いし、お互い様だ。

 神崎にプレゼント選びを手伝ってもらおう。


 早速、電話してみる。あと一週間もすれば、誕生日を迎えてしまうので、できるだけ早くアクションを起こした方が良いだろう。


『どしたー』

「今ひま?」

『まあ、ひまだな。うっ』


 急な腹痛にでも襲われた時のような声が聞こえた。


「大丈夫?」

『何が?』

「なんか『うっ』とか言ってたし」

『ああ、大丈夫。気にすんな』

「そうか。頼みたいことがあるんだけど、外出れる?」

『出れる。準備できたらまた連絡するわ』


 よし。あとは神崎からの連絡を待つ間に、楓にも訊いておこう。八月七日に用事があるようなら、渡す日を改めなければならない。

 南楓という字面を友だちの欄から探し、電話をかける呼出音が聞こえる。久しぶりの会話に緊張する。彼女はすぐに出た。


『おっ、悟じゃーん。なんか久しぶりだね。元気にしてた?』

「元気だったよ。そっちは?」

『まあまあかな。夏休み入って速攻夏風邪引いちゃってさ。今もちょっと鼻声なんだ」


 言われてみれば、確かに少し声に違和感がある。


「お大事に。じゃあ手短に言うことにする。八月七日って予定ある?」

『え、私の誕生日? 何かしてくれるの!?』

「いや、まあ......」

『楓さん嬉しくなっちゃうよ〜。でもね、友達数人がお誕生日会開いてくれることになってるんだ......。『彼氏と過ごさないの!?』ってみんなから言われたけど、適当に誤魔化しといた。夏休み中にまで、悟を駆り出すわけに行かないと思って」


 俺の決断が早ければ、楓の誕生日を直接祝うことができた。色々迷っていた間も、時間は進み続けている。後悔の念にかられる。


『悟さえ良ければ、なんだけど。夜なら多分大丈夫。お昼から始めるから夜遅くにはならないと思う。悟が良ければ、だよ』

「夜でいい。少しだけ時間をちょうだい」

『なんか今日は積極的だね。夏休みで私に会えなくて寂しかったのかな?』

「うん。いつもうるさい楓がいなくて、毎日が静かすぎるくらいだよ」

『なっ。うるさくないし! 私がいない夏休みを存分に楽しんでください!』

 

 こういう会話も久しい。表情をコロコロ変えながらスマホに向かって話す楓の姿が容易に思い浮かべられる。幼馴染だから意識しないようにしていたけど、表情豊かで可愛いんだよな。可愛いとは思うけど、恋愛感情があるわけではない、と思っている。


「そんなに怒らないでくださいよ。夏休みは充分楽しんでるよ。じゃあ、また当日連絡して」

『怒ってないし! ん、わかった』


 楓との通話を終えたところで、神崎から支度が完了したという内容のメッセージが届いた。



 俺は財布を持ち、家を出た。ショッピングモールに向かった。


 俺がショッピングモールに着くと、すでに神崎の姿がそこにはあった。隣にもう一人、俺の知る顔が。


「天野くん、久しぶりー」

「久しぶり」


 須藤も来ていた。自然に挨拶を交わしたが、どうして神崎の彼女がここにいるのか。

 俺は説明を求めるかのように、神崎を見つめた。


「天野から電話かかってきた時、千草が家に来てたんだよ。だから連れてきた」


 うーん。なんで? 俺はきちんと暇かどうかを訊いたはずだ。こいつははっきりと暇だ、と答えた。俺は二人の時間を邪魔するつもりなんてなかったのに。


「あ、ごめん。須藤が来てること知らなくて。いきなり呼び出しちゃって」

「いいよいいよ。久しぶりに天野くんとも話したかったし。まあ、私といるのに、いきなり『ひまだー』とか通話中に言った翔太のことはちゃんと殴っといたから大丈夫」


 何が大丈夫なんでしょうか。俺は乾いた笑いしかできなかった。邪魔をした俺も殴られないか不安になる。神崎は「痛かったんだからな」と言いながら、頷いている。


「で、天野、何の用だ?」


 今日来てもらったわけをまだ話していなかった。須藤も知らずについてきたということか。


「私なんとなくわかるかも」

「え」

「楓ちゃんの誕生日でしょ」


 ど、どうしてわかったんだ。超能力者? 俺の心読まれてる?


「その顔は当たりっぽいね。この前楓ちゃんに誕生日訊いたんだよね。それで知ってたの」


 俺の知らないところでどうやら連絡を取り合っているらしい。


「そうだったのか。というわけだ、神崎」

「というわけだ、と言われても、どういうわけだ?」

「プレゼントを一緒に考えて欲しいんだよ。頼む」

 

 俺は人に頼みごとをするに相応しい態度でお願いをした。こんなに大真面目に神崎に頼みごとをしたことは、一度もなかった気がする。


「いいよいいよ」須藤が神崎より先に返事をした。

「考えてやってもいいが、いいアドバイスをできる自信はないぞ」


 どんな頼みでも受け容れてくれたのではないだろうか。内容を聞かずにここまで来てくれたわけだし。嫌な顔をしても、なんだかんだ手を貸してくれるこいつはおそらく、良い奴。須藤も手伝ってくれるようなので、とても心強い。


「助かるよ」

「じゃあ、あとでフードコートの宇治金時よろしくっ」


 宇治金時一杯で情報を手に入れられるのなら、安いものだろう。


「喜んで」



 外で喋っていても、暑さで思考停止に陥りそうだったので、店内をぶらぶら見て回ることにした。

 店の中は冷房が効いており、とても涼しい。店内に入った時の全身に冷気を浴びるあの瞬間が嫌いな人っているのだろうか。極度の寒がりでない限り、治癒魔法をかけられたかのように一瞬で体力が回復するものだと思っている。


 とりあえず、複合商業施設に来れば何か見つかるだろうという安直な考えから来てみたが、店舗が多すぎて逆にどこから見れば良いものか悩む。

 二人に頼り切るのも良くない。俺も必死に頭を捻らせる。何をあげれば喜んでくれるのだろう。普段から楓のプライベートをもっと聞き出しておくべきだった。趣味の話とかあんまりしないし。


「付き合い始めたのは今年だから、プレゼントあげるのはじめて?」

「いや、小学生の頃は渡してたよ」

「え、その頃からそんなに仲良かったんだ。そういうのいいよね」


 いいよね、と同意を求められても、良さをそこまで見出せないのであいまいに頷くしかなかった。幼馴染だからこそ、何を渡せば良いのか迷う。チープすぎても良くないと思うけれど、俺たちは本当に付き合っているわけではないのだから、高価になりすぎて困らせないようにはしないといけない。小学生の頃は適当にぬいぐるみとか渡してたけど、高校生になってもぬいぐるみは違うよなあ。


「何がいいと思う?」

「そうだなあ。ネックレスとか」


 ネックレスか。彼女はアクセサリー類を身につけているところを見たことないけれど、嬉しいものなのだろうか。ネックレスを身につけた楓の姿を想像してみた。似合わないはずがない。


「まあ、悪くないと思うけど、ちょっと重いって思われないかな?」

「南ってそんなに貧弱なのか?」

「黙ってて」


 須藤に鋭い目つきで睨まれ、神崎はシュンとし、叱られた子犬みたいになった。今のは神崎が百パーセント悪いので、擁護しないでおこう。


「私も貰ったらそりゃ、嬉しいよ。二人は付き合ってるんだし、悪くないとは思うんだけどね。天野くんバイトしてないよね? 私のためにお小遣いを使ってくれたんだって思うと、嬉しいけど申し訳なくなっちゃうんだよね。見た目がイマイチな安いやつ買うくらいなら、デートとかにお金使ってくれた方が私は嬉しいかなあ」


 最後に「私の意見だけど」と付け加えるように、言った。

 無理して買うくらいなら、一般的な高校生のお小遣いに相応しい物を買うべきだ、ということか。須藤の前提は俺たちが付き合っていることになっている。いや、そういうことになっているから仕方ないのだけれど、付き合っていない場合、余計に気を使わせてしまうのではないだろうか。

 楓がアクセサリー類が好きである保証もない。付き合っていない男子から好きでもない物を貰う気分ってどんな感じなんだろう。......想像したくない。


「須藤が貰って嬉しいものって何?」

「私かー」

 

 神崎が息を吹き返すように、顔を勢いよくあげた。今から神崎にとって有益な情報を得ることになるかもしれないのだから、当然の反応だ。


「私なら入浴剤とかハンドクリーム。あと、食べ物も嬉しいかな」

「そんなものでいいの?」

「そんなものがいい。高価な物だと私もお返しの時、困っちゃうしねー。消耗品とかおすすめ」

「なるほど」


 消耗品かあ。俺一人では絶対その考えにたどり着けなかったはずなので、須藤がいてくれて助かった。


「耳寄りな情報が一つあります。聞きたい?」

「うん」

「私、クレープも食べたくなっちゃったな」

「あとでフードコートで買ってくるよ」

「よしっ」


 耳寄りな情報とやらが何なのかまだわからないが、聞いておいて損はないだろう。

 神崎が「太るぞ」とボソッと言ったので、足を踏まれていた。女の子に「太るぞ」は禁止だぞ! あれ? 最近ここにもそんなことを言って、睨まれた人がいたような......。


「この前、楓ちゃんと二人で話してた時に聞いたんだけど、アロマキャンドルに興味あるらしいよ」

「初耳だ」


 アロマキャンドルについて、良い香りがするやつ、というくらいの知識しかなかった。リラックス効果があるとは聞くが、実際に使用したことはないので、どういう気分になるのか俺も少し興味がある。


「アロマキャンドルを渡してあげれば、きっと喜ぶんじゃないかな。欲しいけど、まだ持ってないって言ってたし」


 須藤、ありがとう。俺はもう迷う必要はなさそうだ。


 隣を歩く神崎もふむふむ、と話を聞いていた。

 須藤の誕生日を俺は知らないが、神崎は次の誕生日にハンドクリームあたりをプレゼントするのではないか、と思った。


「まあ、重いとか色々言ったけど、やっぱり好きな人からのプレゼントだったら何でも嬉しいと思うけどね。私も好きな人から貰ったらめちゃくちゃ嬉しい。あんまり考えすぎないように」

「......千草」


 神崎が顔を赤くしながら、つぶやいていた。須藤も顔を赤くしている。二人は足を止めて、見つめ合い始めた。俺の前で喧嘩するのはやめて欲しいけど、イチャイチャするのもやめて欲しい。俺の存在、時々忘れられてるよね。


 俺は咳払いをして、感謝の言葉だけ伝えておいた。

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