第16話 二人でスイパラ②
「お待たせー。待っててくれたんだ。ありがとっ」
楓は俺の前に座った。
目をキラキラさせた楓が、「いただきまーす」という掛け声と同時に食べ始めた。「んまっ」と言って、本当に美味しそうな顔をしてくれるので、こっちも嬉しくなる。
「悟、野菜ばっかだね」
俺の皿に一通り目を通した後、彼女は言った。
「作戦が失敗したからな......」
「はくへん?」
「呑み込んでから喋れ」
おそらく、「作戦?」と言いたかったのだろう。前言撤回。上品じゃなかった。口に出してないから前言ではないか。
呑み込むと、また次のケーキに手を伸ばしたので、俺の作戦について関心を持っているわけではなさそうだ。
「いやー、これだったら永遠に食べれる気がするよ」
「永遠に食べたら身体が破裂すると思うんだけど」
「たとえだよ、たとえ。永遠に食べれそうなくらい美味しいっていう。じゃあ延々にしとく」
「太るぞ」
「うっさい」
フォークと鋭い視線を向けられた。これは脳内の楓に言ってはいけないリストにまとめておこう。
「私もダイエットしようかなー。美鈴もやってるみたいだし」
美鈴さんの名前は楓の口からたまに出てくる。けれど、顔と名前が一致しなかった。加えて、苗字も知らない。
「ダイエットしないといけない体型には見えないけど」
率直な感想だった。腕の細さから、彼女がこれ以上痩せてしまったら心配になるレベルだ。
「本当? じゃあいいや」
俺基準で良いのか......。
一度止めた手を再びケーキに。本当幸せそうに食べるなあ。空腹時でもここまで良い顔をして食べれる気がしない。
盛ってきた野菜を全て食べ終わり、他に何か食べれそうなものはないか探すため、席を立った。冷製パスタならいけそう。
パスタを少量皿に盛る。席に戻ると、楓の手は忙しそうにケーキと口を往復していた。いつ止まるんだ。
「そういえば、みんな期末テストそこそことれてたね」
隣のテーブルの女子二人組の会話にテストの話題が挙がっており、耳に入ったので思い出した。前回は大半が赤点だった神崎は、今回は赤点ゼロという快挙を成し遂げた。神崎からすれば、快挙だろう。テスト返却の度に俺の席に来て、自慢してきたので、面倒臭かったけど。
俺も前回から点数を少し上げ、全科目平均点超えを達成した。神崎曰く、須藤も中間からかなり伸びたらしい。
「いやー、本当良かったよ。ちーちゃんも『こんな点数とったことない』って言ってたし、勉強会大成功だったねえ。またしたいなあ」
「神崎もめちゃくちゃ感謝してたよ。楓がそう言ってくれるのなら、またやろう」
彼女はチョコケーキを口に含んだ。
「ほーへー」
おーけー、と言ったのだろう。だから、呑み込んでから喋ろうね。
「楓って何位だったの?」
学年でもトップクラスの成績であることはわかっているが、楓の口から順位などは聞いたことがなかった。あれだけ賢いと学年順位一桁なのだろうか?うちの高校は一応、地元では進学校扱いされているので、一桁に入っていれば国公立は余裕で通るだろう。難関大と呼ばれる大学にも毎年数人は合格者を出しているようだし。
「私? 自慢じゃないけど、一位だったよ」
「マジ?」
「マジ」
自慢じゃないけど、と断っておきながら、ドヤ顔で言ってきた。いや、ドヤ顔をしても許されるくらいの順位なのだから、全く不快にならない。尊敬......!
「もしかして、前回も?」
「ふん」
口の中にケーキが入っているようだが、そんなことどうでも良かった。入学してから一位をキープしているのだ。すごすぎる。賢いんだろうなー、とは思っていたけれど、ここまでとは......。小学生の頃は順位が出ることはなかったので、彼女が賢いことも知らなかった。よく考えてみれば、彼女の中学校はこの辺りでは最難関だったので、このくらいの成績をとっていても不思議ではない。
学年一位に教えてもらえるなんて、伸びないはずがない。知識がただ膨大なだけではなく、教え方も上手いし。
腹八分目を優に超える量を食べた。食べ放題であるので、無理してでも胃の中に食べ物を詰め込んだ。俺が二人分の会計を済ませている間、楓は店前に置かれてあるイスで苦しんでいた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない......」
たまに「うっ」とか言ってるけど、吐かないよね?確実に食べすぎだ。いくら食べ放題だからと言っても、美味しく食べれる限界を超えては満足感も半減しそうだ。気持ちはわからんでもないけど。
自販機を見つけたので、水を一本買った。
「ほい」
「ありがと......」
彼女は水を一口飲み、「ふう」と一息つく。
「いくらだった?」
「そんな苦しんでる人から金を巻きあげないよ。今日は奢りでいいから」
「やさしー。うっ」
笑顔になったと思えば、一瞬で表情を曇らせる。
数分休憩して、ようやく動けるようになったようだ。
まだ日が高いが、俺たちは家に帰ることにした。今日の目的は果たされたので。
帰り道ではほとんど話さなかった。楓は常に背中を丸め、歩いていた。行きにかかった時間の倍くらいかけて、いつもの公園にたどり着いた。
その頃には楓も多少マシにはなっていた。
「一人で帰れる?」
「た、多分」
彼女は深呼吸をした。
「今日はありがとう。楽しかった! また二人でどっか行こうね」
最後は苦しんでいる様子を見せず、笑顔で言った。
「うん。それじゃあ、また。気をつけて」
楓は振り返ると、少し猫背になってとぼとぼ帰って行った。
二人で......か。小学生の頃は何とも思ってなかったんだけどなあ。最近、変に意識してしまう時がある。その都度、これは演技である、と自分に言い聞かせている。
俺が彼氏役を引き受けたのは、果たして正解だったのだろうか。
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