第15話 二人でスイパラ①

 土曜日の昼下がり。神崎の家に来ていた。服を貸してもらうためだ。俺が持っている服はどれもダサくはないけど、おしゃれではない、と言われてしまったので、一着借りることにした。服を買うお金があれば良かったのだけれど、そんな余裕なかった。今から楓に奢るわけだし。

 神崎は快く貸しくれた。身長は俺の方が小さいので少し大きかったが、不恰好にはなっていないだろう。


 礼を言って、帰る。

 ここ数年、異性と二人でどこかへ行った覚えがないので、緊張してきた。この前のファミレスはノーカンだろう。目的が勉強だったし。 

 小学生の頃は何気なく、二人で遊んでいた気がするけど、数年も経てば変わったところも多い。


 ピンポーン。インターホンが楓の到着を知らせてくれた。

 鏡の前で最終チェックを行い、扉を開く。


「おお」


 これが俺を見た彼女の第一声だった。


「気合入ってるね。私は嬉しいよ」


 腕で目を覆い、感動したというアピールをしてくる。何だか照れくさい。


「楓の服、似合ってるね」


 花柄のワンピースはよく似合っていた。半袖なので白くて細い、綺麗な腕が見えている。

 自然と視線が腕の方へいってしまう。バレないようにしないと。 


「ありがとっ」


 今日行く店は駅前にあるらしい。前にも聞いたけどイマイチ場所がピンときていなかった。あった気もするけど、なかった気もする。


「今日は悟の奢りか〜。楽しみだなあ。そういや、ちゃんとお腹すかせてきた?」

「そんなにすいてないけど」

「え? なんで?」

「なんでって、貯金があんまりないから。俺も普通に食べた場合、めちゃくちゃ金かかるだろ」


 昼飯を普段通り食べておくことで、スイーツをあまり食べなくて済むのだ。見たら食べたくなるものだが、お腹がいっぱいならそういう気も起きないだろう。完璧。


「いやいや、いくら食べても値段変わらないから。食べ放題だよ?」

「え」


 食べ放題......だと? スイパラの存在は知っていたが、行ったことはなかったので実態までは知らなかった。もっと早く知りたかった。そしたら、昼飯を抜いて、限界まで食べたのに......。


「知らなかったんだ......。友達と行ったりしないの?」

「俺にスイパラへ行くような友達はいない」

「神崎くんと行けばいいじゃん」

「なんかあいつと二人でスイパラは嫌だな」

「男同士で行くのも楽しいと思うけどね。私も友達とたまに行くし」


 友達というのは、俺と楓が付き合っていることを一番はじめに話した人たちのことだろうか。

 あれからもう少しで三ヶ月経つんだなあ。時の流れは早い。


「そういえばさ、山下さんから学校で何か言われた?」

 

 山下、と表札に書かれた家の前を通り過ぎる時、ふと、思い出したのだ。


「あー、特に何も。本当よくわかんない」


 少し不機嫌にさせてしまった。山下さんの話題を出すべきではなかったのかもしれない。楓は心の底から嫌っているわけではない、と思う。山下さんも同様で、楓のことを本気で嫌っているわけではない、と思う。楓の誕生日を山下さんは覚えていたようだし。まあ、俺の憶測だけど。


 話題を変えよう。


「なあ。神崎たちには本当のこと言わないか? 俺たちのこと」


 話を急転換しすぎたかもしれない。もっと自然に話題を振るべきだった。


「私も言った方がいいことはわかってるんだよ。けどね、一度決めたことは変えたくないの」

「でもなあ。神崎たちなら言っても黙っててくれるだろ」

「私も二人のことは信頼してる。友達に偽り続けるのって全くいい気分じゃないよね。ごめん。本当のこと言えば、私、ちーちゃんに嫌われるかもしれない」


 須藤は嘘とか嫌いそうだから、あり得る話だと思った。楓には嫌われる覚悟がある、ということだ。


「それでも、嘘が終わるまでは黙っていて欲しい」


 そんな真剣な眼差しを向けられたら、頷くしかなかった。嘘はいつ終わるのだろう。ゴールを知らされないまま、延々と走らされている感覚だ。

 俺が頷いた後は、いつもの笑顔に戻った。



 そんな話をしているうちに、目的地に到着した。

 本当だ。駅前にスイパラがあるではないか。しかも、すごいわかりやすいところに。関心のないものには見向きもしないから、気づかなかったのだろう。


 八階建てのビルの三階にあるらしい。

 俺たちは中へ入って、エレベーターで上がる。


 エレベーターを降りて、右に曲がると、すぐに見えてきた。でかでかと赤い文字でスイーツパラダイスと書かれており、見つけるのは容易だった。店内は赤い壁に囲まれており、赤色づくしだった。

 店の前ではじめて値段を知る。


「思ったより安いんだな」

「この値段でケーキとかいっぱい食べれるんだよ? 最高すぎない? 天国だ」


 彼女にとっては、ここはパラダイスのようだ。昼飯を食べてきた俺にとっては、インフェルノとなるかもしれない。


 店先のスタンド看板によると、今は期間限定で桃が食べ放題らしい。ケーキ以外にもフルーツがあることを知り、そっち方面を攻めようと思った。フルーツならそこそこいけそうだ。

 隣の楓さんは「食べるぞー」と言って、気合入ってるように見えるが、細身の見た目からは元をとれるほど食べれるようには見えなかった。俺が知らないだけで、意外と大食いなのか?


 幸い、待ってる人は誰もいなかったので、すぐに席に案内してもらえた。周りの席はほとんど埋まっていたので、人気であることが窺える。


「女の子多いねー」


 楓がつぶやいたように、男女比率は圧倒的に女子が多かった。男子はしっかり探さないと見つけられないレベル。見つけた男子くんは彼女と思われる人と一緒に来ていた。少し居心地の悪さを感じる。


「カップルもちょこちょこいるね」


 わざわざ言わないで欲しい。意識してしまう。俺たちは付き合っているけど、付き合っていない。周りから見れば、俺たちもカップルのように見えているのだろうか。

 

「取りに行こっか」

「うん」


 彼女が促したので、俺たちは席を立つ。

 お金を払うのだから、何か胃に入れて帰らないと気が済まない。さっき考えたフルーツ中心に攻める作戦でいこう。


「すげえ」

 

 無意識のうちに、口から漏れてしまった。空腹ではないが、はじめてのスイパラに徐々にテンションが上がってきた。何十種類ものケーキが並んでいる。俺も甘いものは嫌いではないので、あまり食べれないことが悔やまれる。

 ケーキが大量に並べられていたエリアはひんやりして気持ちよかった。外の暑さを考えると、別世界に来た気分だ。


 あれ?俺の作戦が早くも崩壊しそうだ。フルーツが全然ない。桃があるなら、他にも何かあると思っていたが、どうやら見当違いだったようだ。

 さて、どうしたものか。ケーキを一つ食べて、終了。それだと、その辺のケーキ屋でケーキを一つ買った方が安く済む。野菜もあるのか。よし、野菜を食べ尽くそう。レタスとかトマト、コーンなどがあった。上手く舵を切れたと思う。


 楓はどうしているのか、と思い、探した。ニコニコしながらケーキをとっていた。ケーキを皿の上にどんどん載せていっている。ケーキが大量に載せられているにもかかわらず、乱雑になっていなかった。上品、という言葉がぴったりだ。


 野菜を一通り皿に載せて、俺は一足先に席に戻った。

 一応、彼女の帰りを待っておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る