第18話 南楓の誕生日

 八月七日。神崎たちにプレゼントを買うのを手伝ってもらってから一週間が経ち、その日がやってきた。


 須藤に宇治金時とクレープを奢ることによって手に入れた強力な情報。あの後、俺はアロマキャンドルを買うためいくつかの店を回り、二つ購入した。一つはプレゼント用のラッピングをしてもらい、綺麗に今も保管されている。

 もう一つは自分用に買った。単純にどういう物か興味があったから。早速焚いてみた。柑橘系の良い香りが部屋に充満し、安らぎを与えてくれた。これなら楓も喜んでくれるだろう。


 まだ日が高い。今頃、楓はみんなから祝ってもらっているところなのかな。ケーキなんか食べたりして。誕生日を締めくくるのが俺のプレゼントって興ざめされないか、急に心配になってきた。

 いつもそうだ。彼女といる時、劣っている、不釣り合いだ、とマイナス思考になってしまうことが度々ある。楓から彼氏役をして欲しいという申し出をしてきたのだから、俺が気にすることではないのかもしれないが、周りの目を完全に無視できるほど俺は強くなかった。


 日が陰り始めた。自室でソワソワしながら、彼女からのメッセージが届くのを待つ。

 夕飯の支度ができたようなので、先に済ませた。食べ終わった後、スマホを開くと、楓からメッセージが届いていた。九時には家を出れるらしい。夜分に家に上がらせてもらうわけにもいかないので、いつもの公園で待ち合わせることにした。 

 プレゼントを小さな袋に入れて、準備する。準備と言っても、これくらいだけど。


 九時前になり、家を出た。母からは「こんな時間にどこ行くの?」と訊かれたので、正直に答えておいた。母も楓の誕生日がこの時期であったことを思い出し、止められはしなかった。彼女の方は大丈夫だろうか。まだ九時とは言え、女の子が一人で歩くのには少し危険かもしれない。帰りは家まで送った方が良いかもしれない。拒否られなかったらだけど。


 夏休みが始まってからこの道を通っていなかったので、道中の邪魔だった雑草が刈り取られていることを今知った。誰とも出会うことなく、公園に着いた。楓の姿を捜してみたが、見つからなかった。まだ到着していないようだ。


 ベンチに座って待つため、暗闇の公園に入っていく。夜の公園に来るたびに思うのだけど、誰もいない街灯のわずかな光に照らされた公園に入るのは、いけないことをしている気分になる。九時ならまだ警察に見つかっても、お世話になることはないと思う。けれど、なぜかそういう気分になってしまう。


 遊具があるエリアと比べると、ベンチの方はかなり暗かった。足下に注意しつつ、慎重に進んでいく。これだけ暗いと、彼女は俺がベンチに座っていることに気づかないかもしれない。


「よいしょ」


 俺は腰を下ろした。天気が曇りということもあって、普段以上に闇が濃い。


 ん? なんか後ろの方から野草が揺れる音がした。風は吹いていないし、カエル? それとも、鈴虫?


「わぁっ!」

「ふぇっ」


 何とも情けない声をあげてしまった。暗くてよく見えないけれど、誰が俺を脅かしたのか想像つく。


「いたのかよ......」

「うん。私がベンチで座って待ってたら、悟の姿が見えたから、隠れた」

「普通に待っててくれよ」

「えー、つまんないじゃん。悟のあんな声はじめて聞いたよ」


 楓は俺の後ろに立っているので、顔は見えない。きっとニヤニヤしながら言っているに違いない。声から楽しんでいるのがわかる。

 いつか復讐せねば。


「忘れろ。俺がベンチに来る確証はなかっただろ。ブランコに座ってた場合、どうしたんだよ」

「そしたら電話で『ちょっと遅れる〜。だから待ってて、ベンチで座って』とか言って、誘導するつもりだった」

「さいで」


 彼女はやっと俺の前に立った。今日もよく似合った服を着ている。どんな服を着ても、似合ってしまうのではないだろうか?

 彼女は俺の隣に座った。


 沈黙が流れる。夜だと走行音もほとんど聞こえないので、静寂に包まれていた。昼間では体験できない静けさだ。

 出会い頭のアレのせいで、おめでとう、と言っていないことに気がついた。とりあえず、おめでとう、と言ってからプレゼント渡せば良いのかな? もう少し会話が弾んでから? うーん。まずは会話を始めよう。


「誕生日おめでとう」

「ありがとっ」

「誕生日会の方はどうだった?」

「すっごく楽しかったよ! 悟も来れば良かったのに。そうすれば、女子五人に男子一人。ハーレムだね」

「そもそも俺は誘われてないし、そんな中に入っていく勇気はないよ」


 須藤ならともかく、その五人の中に俺と会話を交わしたことがある人は一人もいないはずだから、そんな中に放り込まれたら拷問に近いものになる。


「ふふっ。私、十六歳になったから人生の先輩だねえ」

「俺もあと二ヶ月くらいで誕生日迎えるんだから、変わんないよ」

「楓お姉さんって呼んでみる? お姉さんって呼ばれるの夢だったんだ」

「楓おばさん」

「なっ。うりゃっ」


 頭突きを食らった。俺の頭と衝突する。彼女の頭突きにはそれほど威力がなく、むしろ俺より攻撃を仕掛けた彼女の方が痛がっている気がする。おでこをさすっている。

 須藤と話すようになってから、少し暴力的になってない? 須藤ほど高火力なものではないけれど。もっとおしとやかな楓さんのままでいて欲しい。


「痛いんだけど!?」

「いや、そっちが頭突きしてきたんじゃないか」

 

 完全に逆ギレだ。


「おばさんなんて言うから」

「悪かった。ごめんって。楓お姉さん」


 今日は誕生日なんだ。今日くらい俺が一歩引いた方が良いだろう。


「え、ちょっと、もう一回! 録音させて!」

「絶対嫌だ。一生言わない」

「ケチ」


 録音されたら人質がさらに増えてしまうではないか。それだけは避けなければ。

 

 忘れかけていたが、俺は彼女とおしゃべりをするために来たわけではない。渡す物があるから来たのだ。


「ほい」


 楓が座る位置とは逆側に置いていたプレゼントを手渡した。


「え、私に?」

「他に誰がいるんだよ」

「開けてもいいの?」

「うん」


 袋から取り出し、綺麗にラッピングされた包装紙を丁寧に開けていく。楓も少し緊張しているのか、ゆっくりゆっくり手を動かしていく。俺の緊張は中身に対して、喜んでくれるかどうか。


「これって......」

「アロマキャンドル」


 両手で落とさないように持ち上げて、不思議そうに見ている。


「どうして私がアロマキャンドル欲しいってわかったの?」

「とある筋から情報を手に入れたんだよ」

「いつのまに......」


 須藤からデザートを奢ることで手に入れた情報だ。一応、出処はぼかしておこう。


「......嬉しい」


 楓はボソッと言った。顔を見ると、少し口角が上がっており、優しい目でアロマキャドルを見つめていた。


「ありがとう。絶対使うね」


 どうやら喜んでくれているようだ。ホッとする。須藤のおかげだけど、しっかり悩んで良かった。また個別に上手くいったことを伝えておこう。

 

 軽く近況報告をした後、時間も時間だし、帰ることに。


「家まで送るよ」

「誕生日だけの特別待遇だっ」


 カップルみたいに二人で手を繋いで、ということはなく、登下校時と同じくただ並んで歩くだけ。

 

「これ渡すために今日会おうって言ってたの?」

「うん」

「明日の昼間とかでも全然構わなかったのに」

「できれば誕生日当日に渡したかったんだ。迷惑だった?」

「ううん。全然。今日貰えてすごく嬉しかったよ」


 彼女は大げさに首を振り、言った。安堵の息を吐いた。


 楓の家までは遠くないので、話しているとあっという間に着いた。


「久しぶりに会えて良かった。また連絡してね」

「うん」

「今日はありがとう。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


 満面の笑みで手を振りながら、家の中へ入っていった。


 俺はプレゼントを渡すことに成功し、ガッツポーズをした。内心ではなく、実際に拳を高く揚げて。見られていたら不審者扱いされそうだ。

 軽い足取りで、自宅へ向かった。

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