第10話 神崎と暇つぶし

 神崎とデートなう。というのは冗談で、近くのショッピングモールに涼みに来ていた。

 

 七月の上旬。クーラーをガンガンにきかせないと、とてもじゃないが生きていける気がしなかった。というより、クーラーのない空間では生きている気がしなかった。

 それなのに、俺の部屋のエアコンがぶっ壊れたのだ。昼間、暑さに耐え切れず、リモコンの冷房を押したのに、反応しないのだ。その時の絶望感って今年一かもしれない。


 七月でこの暑さだと、八月はどうなるんだ……。想像したくない。これも温暖化のせいなのだろうか?暑いからクーラーをつけるが、そのためには電気を使うわけで、温暖化は進む一方だとかなんとか。頭が良くないので、詳しいことはわからないけど、この暑さを凌ぐためにはクーラーをかけないという選択肢はなかった。地球に優しい冷房器具が開発されないかな。


「うんめえ」


 神崎が美味そうにかき氷を食べている。とりあえず、フードコートで俺たちは時間をつぶしていた。

 

 エアコンが壊れたからどこか行かないか、という急な提案に乗ってくれた。こいつのこういうところ好きだな。ラブじゃないくて、ライクの方だけどね!


「この後、どうすんの?」

 

 いきなり決まったことだったので、特に予定はなかった。


「本屋に寄りたいくらいかな。神崎は?」

「俺もちょっと服見に行きたいくらいだな」


 フードコートからは本屋の方が近かったので、かき氷を食べ終えた後、先にそっちを見に行った。買いたい本はすぐに見つかり、数分で会計を済ませた。


 俺はファッションに気を使わないタイプの人間なので、おしゃれをすることに対して良さがイマイチわかってないのだが、神崎はそういうことに対して関心があるのだろう。何着もある服を真剣な眼差しで観察している。これが一般的な高校生の姿なのかもなあ。

 別に、興味のないことだからと言って、「それの何がいいの?」と言ったような相手を不快にさせる発言はしない。価値観なんて、人それぞれなのだから。


 吟味し終えた神崎は、気に入った一着をレジに持って行った。


「お待たせー」


 俺よりも大きな袋を持った神崎が戻ってきた。


「フードコートに戻る? どうする?」

「そうだなあ。フードコートに戻ってもかき氷くらいしか食うのねえしな。映画でも観るか?」

「ありだな」 


 今、何が上映されているのか知らなかったが、とりあえず向かうことにした。

 映画館前にこれから上映予定の作品のポスターなどが貼られていた。


 久しぶりに映画館に来たけど、やっぱりこの雰囲気が好きだ。映画館に来ただけでワクワクしてしまう。絶妙な暗さやポップコーンの匂いが高揚させてくれる。館内にいるだけでテンションが上がってしまう人は俺だけじゃないと思ってる。


 俺たちは何を観るか決めるために、上映中の作品が表示されているディスプレイの前に行った。


「俺はどれでもいいよ」

「どうするかなあ」


 これと言って観たい映画があるわけではなかった。それなら神崎に任せた方が良い気がした。

 神崎も悩んでいるので、特に観たい映画があるわけではなさそうだった。


 決めてくれるのを待っている間、手持ち無沙汰になったので、辺りを見渡した。映画館の入口に視線を移すと、俺のよく知る人物が入ってきた。


「ちょっと」


 俺は神崎の腕を掴み、「なんだよ」と言うのを無視して、無理やりディスプレイ前から離れさせた。


「どうしたんだよ、急に」


 とりあえず、入口からは見えない位置まで移動した。大量のパンフレットが置かれているところだ。


「あそこ見て」


 俺は入口から向かってくる二人組を指差した。


「あそこ? あ……」


 神崎も気づいたのか、目を見開いてその姿を追っていた。


「あれって、お前の彼女だよな……。なんで男と歩いてるんだ……」


 楓が入ってきた。別に、彼女が映画館に現れたことに関しては、驚くことでもないだろう。この辺りで買い物するとなれば、このショッピングモールに来る人が多いだろうし。


「俺も知らない人だよ」


 楓の隣には俺の知らない男が歩いていた。しかもイケメン。どこかで見たことがある気がするけど、思い出せなかった。うちの学校の学生だろうか?


「不倫か!?」

「なんで楽しそうなんだよ」

「だって二股疑惑が浮上してんだぜ!? これは修羅場だ、修羅場」


 少し複雑な気持ちになる。本当の彼氏じゃないから楓が男と歩いていることに関しては、大したダメージはない、と思う。高校入学して三ヶ月ほどが経ったのだから、本命ができてもおかしくない。


 どうして俺にそのことを言ってくれなかったのか。彼氏ができたのなら、俺はもう用済みだ。彼氏のフリをする必要はなくなる。言い出すタイミングは何度もあったはずだ。毎日二人で登下校しているのだから。

  

 隣のイケメンくんには事情を話しているのだろうか? どこの学校の学生なのだろう? 本当に二人は付き合っているのか?


 訊きたいことは多かったが、この場で二人の間に割り込み、話しかける勇気はなかった。


「俺の彼女に手を出すな、とか言いに行かないのか?」

「行くわけないだろ。ヒョロい俺が行っても、返り討ちにあうだけだし」


 わざわざ危険を冒してまで、関係を知りたいとは思わない。気にはなるけど。


「情けねえなー。悪い男に騙されてるかもしれねえんだぞ」

「いやいや、楓に限ってそんなことは……」

「いーや、わからんぞ。ちょっと弱ってるところに甘い言葉をかけられたら、コロっと気が変わることだってある」


 ないない。あの楓だぞ?告白してきた何十人もの男共をフってきた楓だぞ?


「落ち込んでる様子は全くなかったけど……」

「お前は鈍感だから気づいてないだけかもしれないぞ。天野が原因かもしれないしな」

「俺?」

「ああ。天野の言動が知らぬ間に傷つけてる可能性もゼロじゃない」


 故意にそんな言葉を吐いたことは一度もなかったが、ちょっとした発言が傷つけたという可能性は否定できない。


「それに、あいつはイケメンだ。イケメンに優しくされたら、心が揺らいでしまってもおかしくない」


 彼女は容姿で好きになるとか、そういうことはないと思う。けれど、俺みたいなイケメンとは言い難い顔面に言われるのと、彼女の隣にいるイケメンくんに言われるのであれば、後者の方が嬉しいものではないだろうか。


「やっぱり、あの隣にいるのは楓の彼氏なのかな……」

「それはわからん。確認する方法がないし、ちょっと見てくか」

 

 バレないように帰宅するという選択肢は残っていなかった。一度気になり始めたら、モヤモヤした状態をキープしたままでは次彼女に会った時、自然に会話できない気がした。


 プライベートをのぞき見るのは、罪悪感を覚える。しかし、関係性を知りたいという興味が罪悪感を上回ってしまった。なんだかストーカーになった気分だ……。


 さっき俺たちがいたディスプレイ前で何か話しているようだが、聞き取ることはできなかった。映画館なので当然広告はバンバン流れているし、ポップコーンを頼んでる客もいる。このうるさい環境で、聞き取ることは不可能だった。


「何言ってんだろうな」

「ここからじゃ、聞き取れないなあ」


 何か良い方法はないだろうか? バレずに盗み聞きをする方法が。


「近づいてみるか?」

「神崎は大丈夫かもしれないけど、俺は絶対バレるよ」

「やっぱり、直接訊きに行くか?」

「それはなし」


 あー、モヤモヤする。


「ミカ? 今、映画館なうなんだけど、どこ?」


 俺と神崎の隣を通話中の女性が通って行った。今となうって同じ意味では……。どれだけ今いる場所を強調したいんですか……。


 ん? これだ! お姉さん、ありがとう。この方法なら、上手くいくかもしれない。


「楓に電話をかけて、今何してるところか訊いてみる」

「誤魔化されるかもよ」

「そうなればクロだね。それ以上話を聞かなくても、俺には言えない相手だってことがわかる」


 俺ははじめて楓に電話をかけた。今まで一度もかけたことがなかったので、少し緊張する。そもそも異性と通話した経験がほとんどなかったので、上手く喋れるか不安だ。


 無料通話をタップしてから数秒後、楓は電話に出た。遠目からだと躊躇うことなく、出たように見えた。


「もしもし」

『悟がかけてくるなんて珍しいね。というか、初? 何かあったの?』

 

 まずい。電話をかけた理由を考えておくことを忘れていた。今、何してるか訊きたかったから電話をかけたとは言えない。


「何かあった、というわけではないんだけど、暇だったから」

『頭でも打った?大丈夫?』


 どうして暇だから電話をしただけで、そこまで心配されなければいけないのか。


「頭は問題ないよ。忙しいなら切るけど」

『うーん、ごめん。ちょっと今、映画観に来てるから忙しいかも』

「映画? 一人?」


 映画を観に来たことを隠すつもりはないらしい。


『ううん。一人じゃないよ。お兄ちゃんと』

「ああ。なるほど。兄貴と、か。……楓の兄貴!?」

『え、何? そうだけど、そんなにびっくりすること?』

「あ、いや、ごめん。何でもないから、気にしないで。うん」

『本当に今日なんか変なものでも食べた? 大丈夫?』

「大丈夫だから! 楓も映画楽しんでね。それじゃあ、また学校で」

『え、あ、うん。また学校で』


 通話が終了した。


 どこかで見たことがある顔だと思ったら、楓の兄貴か……。最後に見たのは三年以上も前のことなので、忘れていた。よく見れば、鼻筋などが似ている。兄妹だったのか……。ホッとする自分がいた。


「ということらしい」

「良かったな」


 神崎はニヤッと笑って、俺の背中を叩いた。まあ、良かったと言って良いのかもしれない。まだ数ヶ月の間、彼氏役を続けられることに関しては、嬉しいのか残念なのかよくわからない。

 付き合っているように見せかけることになってから、悪い方向に環境が変化することはなかったし、このまま付き合っている演技を続けるのも悪くないのでは、と思い始めていた。彼女との会話を俺は楽しんでいるのだと、気づかされる。

 

 罪滅ぼしとして、今度、パフェでも奢ろう。

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