第11話 天野と須藤

「はじめまして。神崎翔太と申します」

「南楓です。よろしくね。神崎くん」

「はい。南さんよろしくお願いします」


 神崎が楓にデレデレしながら自己紹介していたので、須藤さんに脇腹を肘打ちされている。


「別に南でいいよ。同級生なんだし」

「お、おーけー」


 美少女を目の前にすると人はこうも変わってしまうのか。今日の勉強会の終わりにはよそよそしさが消えていれば良いんだけどな。

 俺も須藤さんに一応自己紹介しておいた方が良いのだろうか。


「どうも、天野悟です。直接話したことはなかったよね」

「須藤千草です。こちらこそ、よろしくね。私のことは須藤でいいからね」

「は、はい」


 柔らかな笑みを向けてくれた。俺も神崎の反応をバカにできない声をあげてしまった。

 

 顔面偏差値高すぎる気がするんだよな。俺が平均を下げているのはわかる。楓は言わずもがな、須藤も美人だし、神崎もイケメンの部類に入る。俺は……。


「はあ……」

「突っ立ってるだけなのに疲れたのか?」

「そういうことにしといて」


 俺たち四人は今、校門の前に集まってる。今日は土曜日なので、学生の姿はほとんどない。というか、全くない。テスト期間に入ったことで、部活動も休みなのだろう。

 以前に約束していた期末考査前の勉強会が本日開かれることになった。事前に日程は決めていたが、直接四人で集まるのはこれがはじめてだ。それにまだ、どこで勉強をするか決めていない。


「どこでするの?」

「図書館だとあんま声は出せないしな。教えてもらうのに声出せないのは不便だ」

「楓ちゃんはどこがいいと思う?」


 初対面だと言うのに、俺と神崎が校門前に着いた時には、楓と須藤は親しげに会話をしていた。コミュ力お化けか。


「うーん。私はどこでもいいかなー。悟は?」


 一瞬、久しぶりのいかにも考えてますよ、というポーズをとったが、すぐにやめて俺に振ってきた。


「俺もどこでもいいな。とりあえず、ファミレス行ってみる?」


 全員からの同意を得られたので、前回俺と楓が勉強したファミレスに向かうことにした。


「あの二人仲いいな」

「な」


 四人が横一列に歩くのは迷惑なので、前後に男女で分かれた。彼女たちの後ろ姿を俺たちから見ると、初対面だとは思えないくらい話が弾んでいるように見えた。


 神崎と他愛ない会話をしていると、ファミレスに着いた。土曜日ということもあり、駐車場には車が大量に停められていた。


「なんか多そうだな」

「俺、確認してくるよ」


 そう言って、俺は三人を残して、店内に入った。入った瞬間、順番待ちの客が見えたので、どうやら満席であることがわかった。

 

「すみません。四人何ですけど、どのくらい待ちそうですか?」


 一番近くにいた店員さんに声をかけた。


「そうですね。最低でも三十分ほどお待ちいただくことになるかと」


 俺は店員さんにお礼を言って、店を出た。


「三十分以上は待つらしい」

「マジかよー」

「マジ」


 どうしたものか。たとえ席が空いても、これだけ待っている人がいれば、長居はしづらい。他の場所を探すしかないようだ。


「どうしよっか?」須藤がみんなに尋ねる。

「私の家来る?」

「楓ちゃんの?」

「うん」


 楓の家!? これは願ってもないチャンスだ。俺は忘れてないぞ。手紙の存在を。

 別に人質がなくなったからと言って、今の関係を終わらせるという気はないが、対等な関係になりたかった。


「俺も行っていいのか?」

「別にいいよー」


 今日、「はじめまして」を言い合った男を家にあげるのに抵抗はないのだろうか? 俺の友達ということで、神崎のことは信頼してくれているのかもしれない。それに、須藤もいるわけだし。


 彼女の家まではファミレスから徒歩で数十分だ。今度は隣を歩くペアは変わり、俺と楓が神崎たちの前を歩くことになった。


「前はあんなに人いなかったのにねー」

「どうして今日はあんなに多かったんだろうな。団体客でもいたのかな?」

「ファミレスでそれはないでしょー。土曜日だし、これが普通なのかもね。前回は運が良かったんだよ」


 二つ目の信号を渡り終えた時には、またペアが変わった。

 目の前を歩くのは楓と神崎だ。ということは、俺の隣は須藤になったわけだ。神崎がもっと親睦を深めるために、という理由で入れ替えを提案したのだ。神崎の彼女さんからは「楓ちゃんと話したいだけでしょ」とか言われて、一応、「ち、ちげーし」と否定してたけど、顔を見れば満更でもないことがよくわかった。当然、須藤にも見抜かれているはずなので、機嫌を損ねてないか心配だ。俺は今から須藤と話をしなければいけない。なんか罰ゲームみたいな言い方だけど、話をしたくないわけではない。以前に、楓が不機嫌になった時のことが回想されてしまうのだ。


 おそるおそる隣を見ると、意外にも微笑んでる姿が目に入った。優しげな眼差しで、特に怒っている様子はなかった。


「翔太、楽しそう」


 独り言だと思われるくらい小さな声でつぶやいた。本当に独り言かもしれない。俺は反応すべきか迷ったが、会話しようと思った。


「神崎はいつもあんな感じなの?」

「あんな感じだねえ。単純に可愛い子が好きなんだろうね。よく私の前で言ってるよ。『あの子可愛くない?』とか」

「自分の彼女の前でもそんな感じなのか……」

「自分のってことは私がいないところでも、言ってるんだね」


 俺は自分の失言に気づいた。いや、まあ、失言というほどでもないんだけど。それでも神崎の株を下げるようなことは言うべきではなかった。須藤のことも傷つける可能性がある。


「いや、たまにね。本当にたまに。最近は全く聞かないし」

「別にフォローしなくてもいいよ」


 須藤は笑いながら言った。その笑みには呆れなど否定的な感情は何一つ感じられなかった。


「私はあいつのそういうところが好きだから」

「え」


 浮気性なところ……? 可愛い子が好きなところ?


「何その鳩が豆鉄砲を食らったような顔は。私は、翔太のさ、偽ってない感じが好きなんだよね」


 楓との関係を偽っている俺は冷や汗が出た。


「偽ってない人間なんて、この世にいないと思ってるけど、あいつは他の人と違うなって思っちゃうんだよね。裏の顔が全く見えないっていうか。今、それ言う? ってことも平気で言うしね。自分が正しいって思えば、言っちゃうんだろうね」


 わかる気がする。嘘を吐かないとかそういうわけではない。我を強く持っているというか。人に左右されることが少ない人生を歩んでいる気がする。

 神崎の一言で場が凍りつくということもない。何と言うか、みんなが言いにくいことをズバッと言ってくれるのだ。代弁してくれているような。神崎自身にそういう気は全くないのだろうけど、俺にはできない芸当だから、素直にすごいと思っている。


「それでも、彼女の前で可愛いって発言はどうかと思うけどね」


 それとこれとは少し話が違う気もする。


「まあ、そうかもしれないけど、私の前だからって着飾ってないところがいいんだよね。着飾ったところで、顔に出やすいからすぐバレちゃうんだけどね」

「言えてる」


 笑いあったことで、親睦を深められた気がした。神崎の作戦は大成功というわけだ。


「天野くんは楓ちゃんのどういうところが好きなの?」

「どういうところ? うーん。可愛いとか優しいとか表面的な部分もいいなって思うけど、何事にもひたむきに努力する姿がかっこいいなって思うし、憧れるんだよね。俺は、自分にないものを多く持ってる楓に惹かれたんだろうな」


 お互いの好きなところを聞かれた時の返答はすでに打ち合わせ済みだったので、それを言っただけ、ではない。本当は可愛いとか優しいとか、適当に褒めておこうっていうことになっていたけれど、須藤の発言に感化されたのか、真意とは異なる言葉を彼女に告げる気はなくなってしまった。

 どういうところが好きなのか、という質問に対する答えとして、合ってるのかわからない。けれど、須藤は返答に対して満足そうだったので、これで良いだろう。


「そっかそっかー」

「うん。あ、着いたみたいだね」


 前を歩く楓たちが足を止めた。なぜか二人は俯き加減のまま、こちらを見ようとしなかった。二人とも耳を赤くしていたので、俺たちの会話を聞かれていたのかもしれない。まあ、良いか。


「翔太どうしたの?」

「え、あ、いや、何でもない。南さん入りましょう!」

「そ、そうだね。入ろう!」


 さん付けはしないと決めたのに、無意識のうちに出てしまっている。


「もしかして、私たちの会話聞かれてたのかな?」

 

 はじめは不思議そうな顔をしていた須藤も、一瞬見えた二人の表情を見て、気づいたのだろう。


「多分ね」

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