第9話 南楓の旧友
「なっ」
楓が顔を引きつらせている。一体、何を見たらそんな顔になるのか。俺は彼女の視線の先を確認して、納得した。
数日前にはじめて会話を交わした山下さんがそこにはいた。シャー芯が切れたから買いに行きたい、という楓の付き添いで、最寄りの本屋に来たのだが、偶然出会ってしまった。
楓の話によると、中学二年まではそこそこ仲が良かったらしい。二人で休日映画を観に行ったり、テスト勉強を一緒にしたりすることもあったそうだ。まあ、楓が教えてもらうことはほとんどなかったらしいけど。
三年になってから徐々に冷たい態度をとられるようになり、最終的に刺々しい態度になっていたこともあり、遊びに行くことはなくなったそうだ。学校で話すことも少なくなっていったらしい。楓は「どうしてなんだろう」と不思議がっていた。
楓は山下さんに対して、嫌悪感を持っているのか訊いたら、「びみょー」と答えていた。理由を訊いても教えてもらえないから改善のしようがない、と言っていた。
なんかファミレスでの楓に少し似ているような気もした。昔はお互い気があっていたのだから、似たところも多いのだろう。
「天野くんだったよね? 久しぶり」
「お、お久しぶりです」
楓をスルーして、俺に話しかけてくるとは思わなかったので、つい、敬語を使ってしまった。
「あと、天野くんにぞっこん中の南も久しぶり」
「ぞ、ぞっこん!?」
ちょっと裏返りながら彼女は言った。
「私はそう聞いていたんだけど、違うの?」
隣の楓に睨まれている気がするけど、怖いから目の前の山下さんを見続けよう。というか、話を盛りすぎだ。俺はそこまで言ってない。ちょっと嫉妬される、と言っただけだ。この場ですぐに訂正することはできないけど。
「ま、まあ、そこそこに仲はいいと思うけど……」
彼女の方も強くは否定できないようだ。付き合っているということになっているのだから、妥当な選択だろう。
山下さんはニヤニヤしながら、「そこそこかあ」と言った。
「じゃあ、またね。よし、悟帰ろ」
「え、まだシャー芯買ってないけど……」
「シャー芯なんていつでも買える! さあ」
そう言って、彼女は俺の袖を強引に引っ張って、店を出ようとした。このまま話し続ければ、俺たちが付き合っているフリをしているだけだとバレる可能性が高まる。賢明な判断だろう。
「ねえ、もっと詳しく聞かせてよ」
「いや、別に山下に詳しく話すことなんてないから。私たちはこの辺で」
「ひどいなあ。告白してきた男子を全員フってきた南が付き合うなんて大ニュース、気になるじゃーん」
マジで一度も付き合わなかったんだな……。
「気にならないから!」
「休日二人でどっか行ったりするの?」
楓の言葉は完全に無視されているようだった。
休日……。まずい。俺たちは学校以外で話すことはない。付き合う演技を始めて二ヶ月くらいが経つけど、遊びに行ったことはなかった。
ここは作り話を……。
「え、ないよ」
「ちょっ……」
楓さん……? それ、言っていいんですか?付き合って二ヶ月、一度も休日に出かけたことがないというのは……。
隣を見ると、やってしまった、という顔をした美少女さんがいた。俺と山下さんの顔を交互に見ている。めちゃくちゃ怪しい行動をとってる気がするんだけど……。
とにかく、この場から去りたい気持ちが強くて、冷静な判断ができなかったのだろう。反射的に真実を言ってしまったに違いない。
「あ、いや、嘘だよー。この前二人でファミレスでご飯食べたしね!?」
「う、うん」
この前ってもしかして三週間前のテスト期間のことだろうか。まあ、嘘は言ってないな。
「それ私と天野くんがたまたま出会った時の話じゃないよね? もしかして、三週間前まで遡るの?」
バレてますよ、楓さん。
「お互い忙しかったからさ! 中々都合がつかなくて……」
こんなに動揺している楓をはじめて見たかもしれない。そして、その様子を見て山下さんはニヤニヤしてる。山下さんの方は楽しそうだ。
「ふーん。なんか信じられないんだよね、私。あれだけ男子の告白を断ってきた人が高校入学して一ヶ月で、彼氏作っちゃうなんて」
ギクッ。
楓とそこそこの付き合いがあるからこそわかってしまうのだろう。過去の彼女を知っているから。山下さんが俺たちの関係を疑っていることは確かだ。
さて、俺はどうするべきなんだろう。ここで楓の腕を掴み、全力疾走で逃げるという選択肢もある。彼女の足が速いことは知っているし、逃げ切ることは可能だろう。しかし、根本的な解決にはなっていない。同じ学校に通う以上、これから顔を合わせることは何度もあるはずだ。いつこの話を振られるかわからない。
じゃあ、どうすれば上手く山下さんを騙し、やり過ごすことができるのだろうか?
楓は俺の方を見て、静止している。頼りになりそうにない……。俺が考えるしかなさそうだ。
「俺たちの関係疑ってるの?」
とりあえず、無言では不自然だと思い、話を続けなければ。その間に何か良い方法を!
「疑ってるわけではないんだけどね。でも、どういう心境の変化があったのかなーって思って」
さっき信じられないとか言ってたじゃないか。絶対、疑ってる。
「人は数ヶ月あれば変わるから……」
ダメだ。帰りたい。隣のお地蔵さんみたいに固まった楓を連れて、今すぐ、店を出たい。
「ツーショット写真とかあるの?」
俺たちはそんなもの一枚も撮っていない。ツーショット写真がないこと自体はそこまでおかしなことでもないと思う。けれど、写真が一枚でもあれば、信じてもらうことができたかもしれない。
こんなことになるなら、一枚くらい撮っておけば良かった。
言い訳を考えないと。
「いや、俺写真好きじゃないんだよ。両親にパスポート写真を見て、笑われるくらいには写真写り悪いからさ。何度も楓に頼まれたんだけど、その度に断ってる」
俺は「ほれ」と言い、携帯に入ってる唯一の自撮り写真を山下さんに見せた。
「ぷっ。確かに、写真写り悪いね」
「だろ? だから一枚もそういう写真はないよ」
以前に、神崎から自撮りを送ってこい、という謎の依頼があった時にしぶしぶ撮ったやつが残っていた。神崎、ナイス!
「これでいいだろ。そろそろ俺たちは帰らせてもらうよ」
また出直そう。次までに思い出を捏造しよう。辻褄を合わせて。
「最後に、いい? 誕生日は知ってる? 南の」
「ああ。八月七日」
「ちゃんと知ってるんだ。本当に付き合ってるんだね」
誕生日を言えるだけで、信じてもらえたのか? それならもっと早くにその質問をしてくれれば良かったのに。
「当たり前だろ。じゃあ」
逃げるようにして、本屋を後にした。
本屋が見えなくなるくらいまで歩いたけど、楓はまだ俯いたままだった。
「──覚えてくれてたんだ」ボソッと言った。
「何を?」
「私の誕生日……」
「小学校の頃は毎年プレゼント渡してたしね。忘れないよ」
中学に上がってから渡さなくなったが、六年生になるまで毎年何かを渡していた気がする。お菓子やクマのぬいぐるみを。
「……そっか。嬉しかったかも」
彼女は晴れやかな笑顔を見せた。つい、ドキッとしてしまう。
「ちなみに、私も悟の誕生日覚えてるよ。九月三十日だよね」
「ああ、よく覚えてたな」
彼女はドヤ顔をしていた。神崎と違い、全く腹が立たない。
「そういや、山下さん、どうしてあんなに疑ってきたんだろうね。なかなか帰してくれなかったし。本当に中学時代何もしてないの?」
「私を疑うの? 本当に何もしてないから困ってるの。山下もちゃんと言ってくれればいいのに」
もしかしたら、こういうことがこれから先あるかもしれない。逆に今まで、俺たちが付き合っていることに対して、疑いの目で見られなかったことの方が異常なのかもしれない。あの美少女が俺なんかとくっついたんだぜ?何か裏があるのではないかと勘ぐられてもおかしなことではないように思える。
俺は詳細な設定を加えておくことを提案しておいた。
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