第6話 神崎とファミレス

「とうとうこの時期がやってきてしまったか……」

「あぁ……」

 

 楓との関係性について、怪しまれずに今日まで来ていた。神崎には本当のことを言っても良いか、楓に訊いたら「ダメ」とだけ返ってきた。友達にも嘘をつき続けるのは少し心苦しかった。


「お前、勉強してるか?」

「全く」


 放課後、俺と神崎はファミレスに来ていた。楓に今日は一緒に帰れないことを伝えると、残念そうな顔をしつつも承諾してくれた。


 今日から始まるテスト期間、そしてテスト自体に対して、俺たちは文句を垂れていた。愚痴ったところで、テストの科目数が減るなんてことはないのに、テストを受ける意義だとか必要性に関して、無意味に語り合っていた。

 別に、俺たちも心の底からテストや勉強が不必要なものだと思っているわけではない。けれど、一週間後に行われるテストに少しくらい不平を言いたかったのだ。


「誰か専属の家庭教師になってくれねえかなー。同じクラスの奥野おくのさんとか」


 奥野さんはクラス委員を務める真面目な人だ。直接話したことはないけれど、多分、勉強ができる人なのだろう。

 授業中、先生に当てられた時、適切な回答をよくしている。そういう姿だけを見ているので、クラスで一番成績が良いのは奥野さんなのだと勝手に思っている。


「彼女に嫉妬されるよ」

「嫉妬されるのは悪い気分じゃないけどな。まあ、千草怒ったら怖いし、女子には頼めねえか」


 そうだそうだ。神崎の彼女の名前は千草さんだ。フルネームを思い出すことができた。彼女の名は須藤千草すどうちぐさだ。


「うちのクラスの男子って誰が賢いんだ? あのメガネかけてる北島きたじまだったかな。賢そうだけど、この前、あいつが落としたシャーペン拾ってやったら、『ありがとうございます』って敬語使われたし、なんか距離感じるわ」

「神崎は威圧感あるからね。怖がられてるんじゃない?」

 

 喋ると気さくな奴なんだけど、身長は一八〇センチを超えており、俺と違って図体がデカイ。関わりの薄いクラスメイトから怖がられていても、仕方ないことなのかもしれない。


「うるせぇ。超絶優しいのによ。お前が賢かったら勉強教えてもらえたのになー」

「悪かったな。平均以下の学力で」


 今回が高校入学してから、第一回目の中間考査だ。お互いの成績が学年でどれくらいの位置にいるのかよくわかっていないけれど、普段の小テストの結果から俺たちが成績優秀者でないことはわかる。クラス平均を下回る点数を毎回とっているから。


「そういや天野の彼女はどうなんだよ。賢いのか?」

 

 楓の成績のことは詳しく知らなかった。勉強の話をしても楽しくないので、普段話題にすることはほとんどなかった。


「入学式で新入生代表挨拶するくらいだし、賢いんじゃない?」

「式の途中ずっと寝てたから覚えてねえや。入学時点では一位か。秀才の彼女がいると訊き放題で羨ましいぜ」


 楓は賢いのかもしれないけれど、勉強を教えて欲しいというプライベートな要求を呑んでくれるかどうか。

 俺と彼女は本当に付き合っているわけではない。神崎の様子から上手く騙すことはできているのだろうけど、これは演技だ。俺たちは休日を使ってどこかへ遊びに行くようなことはなかった。あくまで、校内の学生を騙すため。休日まで二人でいる必要はないのだ。


「楓の勉強の邪魔はしたくないし、自力で何とかするよ」

「もったいねえ。赤点はとらないようにしないとな。俺も頼れる奴いねえし、自力で何とかするしかねぇなー」


 自力でなんとかすると言っても、どこから手をつければいいのかもわからない。楓を頼りたいけど、楓にとってメリットが何一つない。


 いや、そもそもメリットが何一つないことを俺は今引き受けてやっているじゃないか。人質がなければ、こんな面倒なことに付き合っていない。

 勉強くらい教えてもらえる義理はあるんじゃないだろうか?


 一応、楓にメッセージを送っておいた。勉強を教えてくれないか、という趣旨のメッセージを。

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