第5話 南楓と夜の公園

 南との校内の全員を騙す演技が始まって一週間が経った。


 意外と以前と大差ない生活が続いていた。もっと周りが騒がしくなるのかと思っていたが、それは最初だけで、今は俺たちが付き合っていることはクラスメイトにとって周知の事実で、特段話のネタにするようなことでもなくなっているようだった。


 彼女とクラスは違うので、話をするのは登下校の時だけだ。毎日一緒に登下校していたら、話題が尽きてくると思っていたけど、今のところその心配はなさそうだ。

 一週間前は何を話せば良いのかわからなかったが、彼女のコミュニケーション能力が高いこともあり、いちいち話題を考えたり、探したりすることなく、会話は自然と成立していた。話していると時間はあっという間に過ぎていることが多かった。


 スマホを取り出し、時刻を確認した。今は八時二十七分らしい。公園の時計に目をやると、こちらも二十七分を指していた。どうやらズレている心配は無用のようだ。


 俺はこの一週間の思い出をただただ振り返るために、夜の公園にいるわけではない。メインの目的は別にある。


 今日も二人で下校した。俺が帰宅してから数時間後、南からメッセージが届いた。八時くらいだったと思う。シャワーをすでに浴びて、ベッドでダラダラしている時だったと記憶している。

 八時半に公園に来て欲しいという内容のメッセージだった。どうしてこんな時間に呼び出すのかわからなかったけど、行ったらわかると思い、俺は八時半前に家を出て、公園を目指した。夜に彼女が呼び出すことは今までなかったので、何かあったのかと不安になる。


 公園の時計が三十分になったと同時に彼女は公園に来た。彼女の私服を見るのは久々だったので、暗い中目をこらしてしまった。ピンクのパーカーを着ていた。髪も学校でいる時とは違い、後ろでくくっていた。


「ごめんね。急に呼び出して」


 彼女は両手を合わせて、全く悪びれる様子なく謝った。


「どうしてこんな時間に? 何かあったの?」


 単刀直入に訊いた。わざわざ公園に呼び出すということは、大事なことに違いない。演技はやめよう、と言い出してもおかしくはない、と考えていた。本当にそうなら、俺にはメリットしかないけど。


「えっと、悟、今日の七時、テレビ観てた?」


 何の関係があるんだ? 七時……ちょうどシャワーを浴び終わって、夕飯を食べ始めた頃だった気がする。


「いや、テレビは観てなかったよ」

「えぇーーー。じゃあ、説明から入るね。ある番組でね、同級生に告白する企画がやってたの。そこに出てたのは高校生の男の子だったんだけど、中々踏ん切りがつかない状態が続いてたんだ。当然だよね。好きな子に告白するなんて、かなり勇気がいることだし。だけどね、最後にはちゃんと想いを伝えて、告白が成功したの。私、それ見てウルウルきちゃった」


 話の終着点が全く見えてこない。彼女は話を続けた。


「でね、告白する前まではお互い苗字で呼んでたのに、告白した後だと名前で呼ぶように変えてたの。簡単に言えば、それに憧れちゃったんですよ」


 なるほどな〜!と素直に納得できるわけがなかった。


 南の言動には理解に苦しむ時が時折ある。入学式に新入生代表挨拶をするくらい学校の成績は優秀なはずなのに、影響されやすい性格のせいか、「なんで?」と訊き返したくなることを言う時がある。


 絶対に明日でも構わないことを夜に呼び出すあたり、行動力は人一倍あるんだろうな。全校生徒を騙すような作戦を思いついて実行するくらいだし。

 俺にとっては、迷惑なだけだけど。


「つまり、これからは名前で呼べと?」

「そういうこと!」

「いきなり変えろ、と言われても難しいんだけど。南で慣れてるし」

「そこをなんとか! 前から私だけ『悟』呼びしてるの少し距離を感じてたんだよねぇ〜」


 本当にそう感じていたのだろうか? きっと後付けだろう。


「努力はしてみるよ。それより、この話、明日の朝でも良かったんじゃない?」

「私も最初はそう思ったんだけどね、何事も早い方が良いかなーって思って。てへっ」

 

 街灯の明かりのおかげで見える彼女は、頭をコツンと叩き、可愛い仕草をしているけれど、今は素直に可愛い、と思いたくなかった。目の前にいるのが神崎なら、一発頭突きをかましていたかもしれない。


「期待はしないでくれよ。人間はそう簡単に変われるものじゃないからな」

「それは性格とかの話でしょ?」

「そうだな。楓」

「おお。良い! 良いよ!」


 彼女は満足そうだった。俺はまだまだ慣れないけれど、黒歴史が人質に取られているせいで、努力する以外の選択肢はなかった。


 小学生の頃は『楓』と呼んでいた気はするし、きっとすぐに慣れるはずだ。


「そりゃどうも。明日も学校だし、帰ろう。家まで送ろうか?」


 真昼間ならそのまま別れても問題ないだろうけど、時間が時間なので、一人で帰すのは躊躇う。帰り道、彼女の身に何かあったら……これは楓だからと言うわけではなく、一人の女の子に対しての心配だ。


「ジェントルマンだね〜。ありがたいけど、私の家そこだし大丈夫。ありがとね」


 彼女は「おやすみー」と言い、手を振りながら公園の外へ向かった。俺も「おやすみ」と返した。

 彼女の姿はすぐに暗闇の中へ消えていった。


 さて、俺も帰るとしよう。帰ったら、もう一度、シャワーを浴びるか。

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