第4話 天野、疲労感を味わう

 翌朝、いつもより五分早く家を出ると、すでに南の姿がそこにはあった。


「ごめん。待たせた?」

「ぜんぜーん。今着いたとこ」

「なら良かった」


 僕らは学校へ向かい始めたが、僕の足取りは非常に重かった。重石を両足に縛りつけられてるんじゃないかと思うほど、学校へ行くことを拒んでいた。


 あぁ、学校に行きたくない。別に不登校になりたいわけではない。昨日のことがあったので、今日は平穏な学校生活を送れないはずだ。だから、憂鬱なのだ。みんなの脳をイジって、昨日の記憶だけ消し去りたい。

 そんなことできるはずもないので、なんとか乗り切る方法を昨夜考えていた。質問に対する返事も楽になるのでは思い、定型文を用意しておくことを思いついた。


 例えば、「いつから付き合ってんの?」という質問がくれば……あれ? いつから付き合ってる設定にすればいいんだ?


「なあ、俺たちっていつから付き合ってることにすんの?」


 一昨日からで良いのだろうか?


「設定は細かいところまで決めておかないとダメだよね。矛盾点を作らないようにしないと」


 話が早くて助かる。


「よし、こうしよう! 私たちが付き合い始めたのは四月の三十一日。告白したのは私から。悟は小学校の頃からの友達で、高校で再会したことに。この辺りは事実も混ぜておこう。それで、久しぶりに会って、昔話をしていたら、時間を忘れて楽しんでる私たちがいて、その勢いで告白しちゃった、ということにしよう。もっと細かい部分はまたいつか決めないとね。もう学校着いちゃったし」


 話をしていると、いつの間にか学校に着いていた。今日は朝のホームルームまで時間に余裕がある。


「わかった。覚えとくよ。ちなみに四月は三十日までだよ」


 靴を履き替えながら、彼女は「そうだっけ?」と首を傾げていた。


 教室に入ってからが勝負だ。激しい身体の消耗が予想される。つまり、俺の身体は休息を求めるはずだ。放課後、昨日のように彼女が教室の外で待っていれば、また面倒くさいことになりそうだ。すぐに学校を出るため、今日は一人で帰る許可をもらうことにしよう。


「今日は一人で帰ってもいいか?」

「えー、まあいいけど。なんか用事あるの?」

「まあ、そんなとこ。すぐに家に帰りたいんだ」

「なるほど。おっけー」


 すんなりと了承を得た。


 彼女とはクラスが違うので、教室の前で別れた。

 扉を開く前に、深呼吸し、息を整えた。そして、いつもと同じように扉を開く。



「あぁ〜〜〜」


 疲労感。俺の身体は安息を求めていた。教室へ入った瞬間、クラスメイトから想像通りの質問が飛んできて、予め用意をしていた俺は難なく答えることができた。ホームルーム前の時間だけでは満足しなかったのか、昼休憩までの休憩時間は全て質問タイムに当てられた。俺はトイレに行く暇すら与えられなかった。


 昼休憩になると、やっと解放された。返答は考えていたとは言え、量が量なので、疲労感がついてきた。


「大変そうだったな」


 俺の前に座る神崎はクスクス笑いながら、言った。


「助けてくれても良かっただろ」


 俺が質問攻めにあっている間、神崎はずっと笑いながら俺を見ているだけだった。


「だってお前があれだけクラスの奴らと話してるところ見たことなかったから、面白くってさ。それにしても、あんな美少女がお前を選ぶなんてな。羨ましい限りだよ」

「俺だって不釣り合いだとは思ってるよ。でも、神崎にも可愛い彼女がいるだろ」


 名前は忘れたけど一度写真を見せてもらったことがある。かわいいだろ、と自慢気に話してきた。同じ学校の生徒らしいが、直接話したことはなかった。


「まあな〜」


 神崎がニヤニヤしてる。羨ましい、というのは本心ではなさそうだ。


 午後の授業は睡眠の時間となってしまった。教師には申し訳なく思いつつも、身体が言うことを聞かなかった。運良く、俺の席は窓側の最後列だったので、バレずに睡眠に耽ることができた。


 六時間目の授業が終わる頃には、疲労感は多少薄れていた。ずっと机に伏せていたため、腰が痛かった。

 逆にずっと寝ていたのに、教師にも気づかれないとか、やっぱ俺って空気なのかもしれない。

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