メサイアシティ前夜:終わりの始まり「Final Quake」
2042年、11月30日。とても穏やかな日曜の朝だった。降り注ぐ陽の光は地上の空気を温め、11月の朝9時だというのに気温は23度まで上昇している。
「良い天気だから、マギーを連れていつもの公園まで散歩に行ってくるよ。」
朝食の準備をしている妻のルナにそう告げ、ハリーは4歳になったばかりの長女マギーを連れて公園へと向かった。
ハリーは、マギーが歩けるようになってからは晴れの日なら毎週日曜に公園まで一緒に散歩へ出かけている。少しづつ成長していく娘の姿を間近で見られるこの日曜日の散歩は、ハリーにとって何物にも代えがたい貴重な時間だ。
公園に着いたハリーは朝の澄んだ空気を目いっぱい吸い込んだ。
公園の木々は風に揺られ、とても涼しげだ。
公園にはハリー親子以外にも、ジョギングを楽しむ人、ベンチで休む老夫婦、小型犬を散歩させている若い女性、そしてハリーと同じように幼い子どもを連れた父親、たくさんの人達が平和な日曜を楽しんでいた。
「パパ、これで遊ぼうよ!」
娘が差し出したのは地面からわずか3センチだけ浮揚することができるホバーボードである。
従来のホバーボードは超電導の仕組みを利用し、超伝導体の上でしか浮遊できないものだったが、5年前、日本の玩具メーカーが反重力システム技術の開発に成功し、地表からわずか3センチだけだが、反重力で浮揚できるホバーボードを作成した。
その後、販売されたこのホバーボードは世界中で人気となり、子どもの玩具として定番の商品となった。
マギーがホバーボードで遊ぼうとして駆け出したその時だった。ドスン、ドスンと地面が大きく2回波打つような衝撃を感じた。次の瞬間、その場にいた大人も子どもも立っていられないほど激しく大地が揺れ出した。
「地震だ!」ハリーはすぐ娘に駆け寄り、ぎゅっと強く抱きしめた。
マギーも恐怖に震えながら目を固くつむってハリーに抱きつく。
周りの木々が激しい揺れで擦れあい、バキ、バキ、と大きな音を立てている。揺れは長時間続き、まるで収まる気配も無い。
「これはただごとではない…」ハリーはそう直感した。揺れ始めてからすでに10分が過ぎていた。
揺れ始めてから15分を過ぎた頃、ようやく揺れが収まり、周りを見渡したハリーは思わず息をのんだ。
そこには信じられない様な衝撃の光景が広がっていた。
公園の木々は激しい揺れでなぎ倒され、園内の電柱や外灯は垂直を保っているものが少ない。あちこちで地面が隆起または陥没し、地割れによって2メートルほどの高低差がある場所もあった。
「まさか…、こんな…」言葉が出なかった。ハリーは泣きじゃくるマギーの手をギュッと握りしめることしかできなかった。
半ば放心状態のままふらふらと公園を出たハリー親子はさらなる衝撃の光景を目にする。
今朝、二人で楽し気に散歩してきた道路のアスファルトはいたるところでめくれ上がり、住宅家屋は大半が倒壊している。
頑強な鉄筋コンクリート造のマンション群も、建物を支える地面そのものが様々な方向に大きく隆起、陥没してしまえばひとたまりもなく倒壊したり横倒しになってしまう。
辺りを見渡すと様ざまな場所から火の手が上がっているのが確認できる。そのときハリーはハッとした。すぐにマギーを抱きかかえ、自宅に向かって走り出した。妻の無事を心から祈りながら。
ハリーの自宅マンションは斜めになりながらもまだ倒壊を免れていた。大声で妻の名を叫ぶ。「ルナー!、ルナー!」
すると、ハリーの後方から「ハリー!、マギー!」と叫ぶルナの声が聞こえた。ルナは斜めになった自宅マンションから自力で脱出し、ハリーとマギーの帰りを自宅横の駐車場に避難して待っていたのだ。互いの無事を確認し、抱きしめ合う3人。
その直後、今度は何の前触れも何の音もなく、先程と同じような強い揺れが3人を襲う。必死に互いにしがみつくハリーたち3人の目の前で自宅マンションが轟音とともに倒壊していく。目の前で崩れ落ち瓦礫となっていく自宅を、3人はただ見ているしかなかった。
このとき、ハリーはもちろん、世界中の誰もが知らなかった。この規模の地震がこれから何年も続くことになること、そしてこの地震が全世界規模で起こっているということを。
この日発生した全世界的な巨大地震は後に「Final Quake」(ファイナルクエイク)と呼ばれた。
この日から実に10年もの間、世界は巨大地震に襲われ続けることになるのである。
ファイナルクエイクによって、まず太平洋プレートとユーラシアプレートが破壊され、次いでフィリピン海プレート、インドプレートが次々と破壊された。
プレートの破壊は巨大地震の連鎖をもたらし、巨大地震の連鎖はさらに北米プレート、南米プレート、アフリカプレートまでも破壊してしまった。
地球上のほぼ全ての大陸プレートと海洋プレートが破壊されたことにより世界中で巨大地震が絶え間なく発生し、地震によって発生する津波は多くの大都市を飲み込んだ。
果てしなく続く地震と津波はすぐに人類を無力にした。
まずは電力の供給が止まり、次に食料の生産と流通が止まった。情報は遮断され、人々は逃げ惑ったが、どこへ逃げたらいいのかも分からない。
世界中のいたるところで人々の悲鳴が止む日はなかった。各国の治安維持能力はコントロールを失い、強奪や暴力は日常化した。
ファイナルクエイクから3年が経ったとき、90億人だった世界の人口は3分の1の30億人へと激減した。さらに6年目には人口減少が加速し、地球上で生き残った人類はわずか5億人となった。
ファイナルクエイクから10年後、わずかに生き残った人類は子どもの玩具レベルだった反重力システム技術を発展させ、巨大な反重力装置「メサイア」を完成させた。
その2年後、メサイアを搭載した巨大都市「メサイアシティ」が天空に舞い上がった。人類は壊滅した地上を捨て、天空へ移住することを選択したのだ。
メサイアシティと地上のゴースト 高ノ宮 数麻(たかのみや かずま) @kt-tk
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