第1話 誰にでも優しいはありえない、完全な善人など居ない
友情を嫌う俺にも、ただ1人だけ、親友と呼べる存在がいる。同じクラスの
自分でもなぜここまで親しくなったのかはわからないが、恐らく彼には俺と同じように『ワケあり』のレッテルが貼られる存在だからだろうと思う。
同じように悩んでいる奴のことなら、俺も親身になることが出来る。
平和の海に浸っているだけの呑気な連中とは違うのだから。
俺が彼の秘密を理解し受け入れたのと同じように、彼もまた、俺の過去を受け入れてくれた。
だからこその唯一無二の親友なのだ。
彼の秘密については今は伏せておくことにしよう。
きっと今は語るべきときではないから。
凛介を校門前に待たせている俺は、急いで教材をロッカーに片付けた。
鞄を持ち上げ、鍵を胸ポケットにしまい、駆け足で廊下を渡る。突き当たりの角を階段のある方向に曲がった俺は―――――――体が浮く感覚がした。
鞄が重かったのもあって、俺の体は空中でよく分からない揺れ方をし、そのまま踊り場へと落ちた。
ドサッ!
体に鈍い音が響くのを感じながら、お尻で着地した俺は、階段の上の方を見上げる。
そこに立っていたのは、あの咲ノ森 怜華だった。
「お前……!」
あの体の浮く感覚は、俺が単に踏み外したわけじゃない。あいつに足を引っ掛けられたんだ。
着地が悪ければ死んでいたかもしれない。
その状況にも関わらず、咲ノ森 怜華は真顔だった。焦るでもなく、謝るでもなく真顔。
故意に足を引っ掛けたというのが、言葉にされなくても分かる。
俺が睨みつけたのにも動じず、彼女はこちらに背中を向けて立ち去った。
やはり俺の読み通りだったらしいな。
咲ノ森 怜華の『誰にでも優しい』性格は作り物だった。故意に人を危険な状態に貶めるような奴が、そんな善人なわけがないだろう。
そもそも、完全な善人なんてものは存在しない。
善人と謳われる人物というのは、大抵が偽善者なのだから。
まあ、だからと言って彼女を誰かに言いつけたりするつもりもない。
俺が二度と関わらなければいいだけの話だ。
結局は俺も利己的な人間なのだから。
自分が良ければそれでいい。面倒事に巻き込まれるのも御免だからな。
俺は痛むお尻を擦りながら立ち上がると、鞄を肩にかけ直し、階段を降りた。
打ったところがアザにならなければいいが……。
それよりも、凛介を待たせたことを謝らないとだな。俺のせいじゃないってのに、本当にあの女のことが嫌いだ。
翌日の火曜日。
「これはどういうつもりだ……」
朝、俺が教室に入ると、クラスメイト共の視線がやけに俺に向いた。
いつもは関心を持たないくせに、今日はどうしてかと思えば、机に落書きがしてあった。
その内容が内容と言えるものでもなく、ただただ『有明 優斗』という俺の名前がいくつも書かれている。
『死ね』だとか『消えろ』だとか、そういう直接的な言葉なら反応のしようもあったが、これはどうしたものかと思いながら席に座る。
まあ、こういうのには慣れてるからいいんだが、新手のいじめ方なのかと思うと、考えた奴の頭が心配になる。
後で空き教室のものと取り替えておくか。
自分の席だと分かりやすいのはいいが、これだとテストの時に困るからな。
他人のせいでカンニングを疑われるなんて面倒だ。
水曜日。
昼休み、トイレから帰ってくると俺の鞄が無くなっていた。愚像のひとりによると、全員が気付かないうちに窓の外に落ちていたとのこと。
こいつらの言うことは信用出来ない。
そもそも、これだけの人数がいて全員が気付かないなんてこと、あるはずがないだろう。
ただ、もしもそれが事実だという線を考えれば、それができる人物は―――――――――。
木曜日。
放課後、靴箱を開けると大量の手紙が入っていた。
これだけを聞くとラブレターかと勘違いする奴もいるかもしれないが、その全てが俺に対しての悪口を書いたものだった。
律儀に1枚にひとつずつ、わざわざ封までしているところを見ると、犯人はかなり几帳面なのかもしれないな。
「どうしたんだ?」
用事を済ませて追いついてきた凛介が後ろから覗き込んでくる。
「いじめ……?大丈夫なの?」
「大したことない。それより、そっちの話し方になってるぞ。二人きりでも学校では気をつけろよ」
「そ、そうだな。大したことないならいいんだけど……」
俺は悪口レターをまとめてゴミ箱に捨てて、校舎から出る。
心配そうな表情のままの凛介も早足で俺に並んで歩く。
「何かあったら俺に言ってくれよ?」
「何かあってからでは遅いんだけどな。まあ、これくらいなら問題ないだろ」
俺は彼の顔も見ずにそう答える。
この言葉は彼を安心させるためのものじゃない。
真実を口走っただけだ。
こんな程度、俺の過去に比べれば可愛いもんだ。
心の中で笑みをこぼした。
金曜日。
俺の通う高校は私立だが、月~金曜日までの5日制。つまり、今日の授業が全て終わった今、残るのは2連休のみ。
平日の5日間を頑張ったおかげで、土日に愚像共と顔を合わせなくて済むということの幸福感をより強く感じられる。
凛介は今日は一緒に帰れないということで、ひとりで帰ることになるのだが、それはそれで都合がいい。
高校の最寄り駅から電車で3駅。そこが俺の最寄りだ。
あの高校を選んだのも、家から近かったからというのが一番の理由だ。長い時間満員電車に揺られるのには耐えられないだろうしな。
電車を降り、改札を出て歩く。
自宅までは寄り道しなければ10分もしない。
だが、今日の俺は遠回りをすることにした。
左に曲がるところを右に曲がり、その先をまた右に曲がり、突き当たりを右に曲がり、広い道に出たところを左に曲がった。
その先で俺が立ち止まったのは最寄り駅。
迂回して元の場所に戻ってきたのだ。
尚、帰り道が迷路という訳では無い。
この行動は故意に行ったものだということを勘違いしないでいただきたい。
「学校に忘れ物をしちまった」
俺は独り言のように呟く。
「取りに帰るか――――――な?咲ノ森」
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