みやねこ
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「ペンは剣よりも強い世界」で、
弱い武器を取るほかにすべを知らぬ、
名もなき戦士たちに思う
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進化論、というのがあるのだそうだ。
僕もよくわかっていないのだけれど、進化論によれば、元をたどれば生き物はみな同じ先祖にたどり着く。親と子はまったくいっしょの生き物ではなくて、ほんの少し違っているから、そのほんの少しの違いを何万世代も何億世代も繰り返すと、それこそ人と猫くらい別の生き物になってしまうのだ。僕と、相棒のちび黒猫トントンも、はるか遠いご先祖は同じで、久しい時間を隔てて、片やつんつるてん、片や毛むくじゃらになって生まれ落ちた。
トントンが何を考えてるのか、僕は想像することしかできないし、トントンも僕という図体の大きい生き物について、たぶんあんまりよくわかっていないだろう。でも僕らは今、隣り合ってテクテク歩いているのだ。わかりあえなくったって、どこかで確かにつながりながら、同じ時間を生きている、それが、「あなたとわたしは違っている」ってことなんだ。
僕はこの考え方がとても素敵だと思うのだけれど、世の中には、この考え方が嫌いな人がいるらしい。この世界は、どこかにいるものすごい神様が創ったのだと。その神様は人と猫を分けて創り、それゆえ、隔てられた別の生き物でなければいけないのだと。
今は別の生き物であり、今はわかりあえないのは、わかる。でも、なぜ最初から別の生き物で、最後まで別の生き物であり続けなければならないのか、そしてなぜ、何でも創れるものすごい神様が、そんな頑なな決めごとを思いつくと考えるのか、僕はそこがわからないのだ。
「奥の院は工事中ですよ」
と、ふもとの観光案内所で言われはしたのだけれど、穏やかに晴れた陽射しのもと、僕はハイキングのつもりでその山道に足を踏み入れた。
トンネルとかヒコーキとか、旅の手管もいろいろ新たになっているから、峠道を行き来する、というのはちょっと古臭い時代かもしれない。古くは峠道が交差する要衝で、軍略上の拠点でもあったその山間の町は、今は、そんな昔に建立されたお宮を中心に、史跡の観光で栄えていた。
町中に本殿、山奥に奥の院、ふたつの建物からなるそのお宮は、建立からこの春でちょうど千年が経つのだそうで、町は記念祭の準備で大わらわだった。奥の院の建て替え工事もその一環だ。
最初期は奥の院しかなかったそうだが、町が
本殿の建て替えは既に終わっている。昨日見てみたけれど、それは見事だった。さまざまな幾何学模様を掘り込んだ太い白木の柱や垂木を組み上げた木造建築で、金箔や
けど僕は、そうした芸術的なこまごまは、何度もうなずきつつも、あまり心惹かれなかった。地面に顔を近づけてみると、セメントをざぶざぶ流し込んで固めた土台も見えてしまった。頑丈にしたから、それでまた何百年も保つのだよという話だった。今までの建物は、頑丈でなかったんだろうか?
そこで聞きつけたのが、風光明媚な山中に建つという奥の院の話だった。せっかくだからそこまで行こうと、僕は思い立ったのだ。
本殿と奥の院の間を、御輿が練り歩くお祭りをしていた時代もあったという。道が険しいのでやりたがる人が減って、今は廃れてしまったと聞いて、どれだけ過酷な道のりなのかと戦々恐々としたが、歩いてみるとたいしたことはなかった。これ以上の険峻を僕は幾度も通っている。いわんや猫のトントンをや。
御輿を担ぐにはしんどい坂かもしれないけど、工事の資材を運ぶ荷車が通れる程度に道幅は広く、なだらかだ。実際、町の人にもハイキングコースと認知されていることは、すぐに知れた。
奥の院への道筋には、参拝客向けの方向指示の看板がいくつもあり、工事中だから参拝できない旨の警告文も重ねて貼ってあった。さらには―――道半ばまで登ったあたりで開けた山肌に出た。そこでは、遠足に来たらしき子供の一団が弁当をつついていた。ふもとの町を一望できる展望台が、整備されているのだった。
僕も弁当を持っているが、つつくなら奥の院に着いてからだ。展望台を横目に先へ歩を進めると、やはり険しくはないが、木々の密度が急に上がったのが見て取れた。今は冬枯れの時期だから明るいけれど、夏ともなれば、学校の遠足にはふさわしからぬ鬱蒼とした森になりそうだ。道もぬかるみがちで、荷車の轍で深く掘り返されていた。
ちょろちょろと流れる小川に沿い、無造作に生えた木々の間を抜ける道をたどる。やがて流れが緩やかになり、木々が途切れて、視界がふわっと開けた。
僕は息をのんだ。すべて自然の産物であるはずなのに、まるで誰かが丹精こめて作った箱庭のように整った絶景が、眼前に広がっていた。
三方を囲む小高い崖から白糸のごとく滝が落ち、底まで澄んだ淵へ流れ込んでいた。弾けるしぶきが、射し込む陽光にきらきらと反射して、虹を描く。淵に覆い被さる木々の枝は、今は新芽のわずかな緑でさえも、崖の岩肌に錦模様を織り上げて見惚れるほどであったから、春には花が、秋には紅葉が彩りを与えて、四季折々に格別な美しさになろうことは容易に想像がついた。
山道を登った甲斐はあった。僕には、本殿の彫刻よりこっちが好ましい。険しいと言わず、みなここまで参拝に来ればいいのに、と心から思った。この景色を堪能しながらの弁当は、さぞおいしかろう。
けれど肝心の奥の院は―――あれまぁ。
淵の岸辺に、おそらくは風景に溶け込むように建っていたのであろうが、今は完全に解体されている。ぽっかりと、何もない空間が広がるばかりだ。
ふもとの本殿ほど大げさではないが、それでも一般家屋よりは広い敷地は、進入禁止を示す縄で大きく囲まれていた。建て替え用地を隣に用意しておく宗教もあると聞くけど、ここはそうではないらしい。
縄の内側にはでかい大穴が掘っくり返されている。本殿同様、基礎から建て直すとみえる。穴の脇には、材木だのセメントだのの用材が積み上がっていた。
「こんなんじゃ、神様はいったいどこにいるんだろうね、トントン」
思わず口に出して呼びかけると、トントンはなーおと鳴いて、ふんふんと鼻を鳴らしながら何やら辺りを調べ始め、そのまま藪の中へ消えていった。
追いかけようかと思うより先に、
「参拝の方? すんませんねぇ、今、工事中で」
「はぁ、それは聞いてます。……工事しているようには、見えませんが」
「今日は、何か偉い人が見に来ることになっちゃったんすよ。基礎の工事始めたいんだけどね、始められなくってね、商売上がったりさぁ」工夫は、あはははは、と悪びれもせず笑った。
岸辺には、参拝者の休憩用のあずまやと、工事の事務所用に建てられた仮小屋もあったが、手持ちぶさたにたばこをくゆらす工夫でいっぱいで、どうも近寄りがたい。
さて困った。僕はどこで弁当をつつこうか。
辺りを見渡すうち、少し離れたところの木陰から、なーお、とトントンの鳴き声がした。行ってみると、小さな仮ごしらえのほこらがあった。工事の間はここにお参りをしてくれ、ということらしく、賽銭箱も据え付けてある。
が、見かけだけはほこらっぽくしているけど、屋根はトタンだし、柱の木材は毛羽立っているし、まるで安普請の倉庫だ。いちばん立派なのは賽銭箱の錠前と見て取れた。町の人の信心が知れる。
全然ありがたみがないので、僕もそれなりの態度を取ることにした。すなわち、賽銭箱を背もたれにどっかと腰を下ろし、弁当箱を広げたわけだ。おかずの切り身を裂いて、食事場所を見つけてくれたご褒美をトントンに進呈―――おや、トントンはどこだろう。鳴き声すれども姿が見えぬ。
目の端に動くものが映ってはっと振り向くと、ほこらの壁から黒いしっぽが生えていた。いやはやこの仮ほこらの造りの安さときたら、壁板に猫が通れるほどの隙間をこさえてござる。風だの虫だのいろいろ入り込んで、中はひどいありさまだろうな。
しっぽが激しく揺れた。中からふぎゃあという威嚇の鳴き声と、ドタバタ何かが暴れる音がした。長くは続かず、しっぽは穴に引っ込みさえしなかった。
さても、ちびなトントンに一撃でとっ捕まるとは、ずいぶん間の抜けたネズミもいるものだ、と思っていたら、狩を終えて意気揚々と引き揚げてきたトントンがくわえてぶら下げていたのは、神様だった。
……神様だ。
なぜわかったのかと聞かれたら、神様だから、としか答えようがない。このちっちゃな猫の獲物は、紛れもなくここで祀られている神様だ。
もともとこういう神様なのか、仮ほこらができそこないだからこんな姿になってしまったか、は定かでない。
やけに撫でつけてまとめて縛り上げた髪を、長っぽそい紫の冠で隠している。顔は白塗りで、眉も黒く塗っていて、唇には毒々しい色の紅を差している。首、腰、手首、足首だけを、まるで逃げ出すのを禁じるかのようにきつく締めている他は、どこもひどくゆったりと余裕を持たせた、不思議な仕立ての絹の衣装―――あんなに締めつけるなんて、僕は絶対着たくない! ―――をまとっているが、まぁ、姿かたちはこの際あんまり気にすまい。猫にどやっとくわえ上げられるような、小さな小さな神様だと理解すればいいんではないかと思う。
「無礼な猫でおじゃる。まろをなんと心得おるか。これ、離せ離さぬかっ」手足をジタバタさせながらわめくので、僕はトントンの口から神様を取り外して地面に立たせた。トントンには代わりに切り身を進呈し、頭をなでてやった。トントンはうれしそうにみゅーぅと鳴いた。
……さて困った。
僕もだいぶ長いこと旅をしてきたが、神様に会ったのはたぶん初めてだ。
もしもそんなことがあったなら、とても好運で、幸福で、ひれ伏して迎えるべきできごとだろうと想像していた。
ところがどうだ。ちっとも神々しくない。ありがたくもない。どうしたものか。
とりあえず、神様とは呼びたくないな。堅苦しいその口調に敬意を表して、まろ様と呼ぶことにしよう。
「これ、そこの者」
まろ様は、たたんだ扇をひらひらと振って言った。トントンから助けてあげたのに感謝の言葉もなく、当然のように命令口調だった。
「猫まで来るとは、かような汚らわしいところはもうたくさんじゃ。まろの新たな寝所の造営はいかようになっておじゃるか、申してみよ」
寝所って、奥の院のことだよねぇ。あらためて敷地を見直して、やっぱり穴ぼこがあるだけなのを確かめて、僕はまろ様に答えた。
「はぁ。まだ、全然」
「なんと! かりそめの寝所に押し込んで三月になろうというに、まだできあがらぬのか。近頃の大工は、まったくのろまよの」
ちっちゃくても神様だろうに、愚痴を言うとは思わなかった。とはいえ、三月もかけて解体しただけとは、さすがに工事をのんびり進め過ぎだろう。このままのペースで、記念祭に間に合うのかな。
ぷんすか怒れるまろ様は、ぐるぐると扇を振り回しながら言った。
「もう待てぬ。輿をもて。まろは別荘へ赴くぞよ」
輿? 別荘? なんじゃらほいと思ったが、すぐに理解してはたと手を打った。本殿のことだ。まろ様的には向こうが別荘なのだ。別荘の方がでかいのは本末転倒な気がするけど。すると、輿とは、山道がしんどいからやめたというお祭りに使っていたやつか。
……ずいぶんワガママな神様だが、ぞんざいに扱われているのはわかる。気の毒に思う気持ちが芽生えなくもない。
「はよぅせぬか!」
しかたない、来たばかりなのに弁当も食べずに引き返すのはどうもシャクだが、本殿へ送るくらいはしてあげようか。
僕は弁当の蓋を閉め、カバンにしまった。それから、まろ様をつまみ上げて肩に乗っけた。
「御輿はありませんから、そこにつかまっていて下さい」
まろ様はまた、無礼者、と金切り声を上げかけたが、そのとき逆の肩にとんとんっとトントンが駆け上がったものだから、ぎょっと背筋を凍らせて、僕の襟首にしっかりとしがみついた。
肩にトントンとまろ様。正面から見たら、ずいぶんシュールな格好じゃないかしら。ともあれ、僕と一匹と一柱は、来た道をとって返した。
また、ちろちろ流れる小川に沿って、木々の間を抜け、山道を下っていく。
道すがら、ふっと気になって、まろ様に尋ねてみた。
「神様には、そんなに寝所が必要ですか」
「? 何の話かの」
「きれいな場所じゃないですか、あそこ。夜も星が綺麗だろうし、神様は凍えたりしないでしょう、ずっと外にいてもいいんじゃないかなって」
するとまろ様は、口元に扇を当てて、ほほほ、と女の子のように笑った。
「戯れを申すでない。まろはこの地に祀られた偉大な神であるぞよ。ふさわしい扱いがあろうというもの。人はまろを奉り、祝詞を宣し、舞や酒を納め、社殿を清める。それが信心というものでおじゃろう」
僕は腕を組んだ。確かにそうかもしれないけど、神様の側がそう言うのは、何か違う気がする。だいいち、あの仮ほこらを見る限り、そのふさわしい扱いとやらをされてないじゃん。ほこらの中に閉じこもっていると、神様でもそれがわからなくなってしまうのだろうか。
やがて僕らは展望台まで戻った。遠足の子供たちはもういない。人気のない広場に、風が吹き抜けていた。
と、まろ様が身を乗り出してきた。
「おお、ここまで来たでおじゃるか。これ、際まで寄って、まろによう見せよ」
言われるままに、一番見晴らしの良いところまで歩を進めた。柵の向こうを見下ろすと、ふもとの町が一望にできる。
「よい眺めよのう」まろ様が言った。「まろがこの地に来て、間もなく一千年が経つ。まろを信ずる者たちが、まろを崇め奉る信心が、一千年かけてこの町を築き上げたのじゃ。あいや見事なり!」
ぴしっと扇を広げて。
「これが、まろの千年王城であるぞよぉーっ」
ぞよ、ぞよ、ぞよ、とこだまがかえってくるくらいに、大きな声で。両手を上げて、扇を広げて、肩の上で喜びの舞をひらひらと舞い始めた。
まろ様は王様じゃないし、自分の手で築いたわけでもないのになぜ偉ぶるのかよくわからないんだけど―――それに、千年王城というには、ずいぶんと小ぢんまりしている。本殿のきらびやかさはここからも美しく映えるけれど、それだけを頼りに家並みが寄り添う、山間の細い平地に作られた、よくある小都市のひとつでしかない。少なくとも僕にはそう見える。
まろ様はいつまでも満足げに踊っていた。
と、背後から声をかけられた。
「ちょっと君、よろしいですか」
振り向くと、山高帽に黒縁眼鏡、ワイシャツにタイをきりっと締めた、きちんとした身なりの壮年の男性が、その格好に似合わぬ大きなリュックを背負って立っていた。白髪交じりの髪型は整っていて、学者風の見かけだが、まくっている袖から見える腕は太く、日に焼けて浅黒い。
彼の背後には、学生風の若者が何人か引き続いているが、彼とは違ってひょろ長な面々は、展望台にたどり着いたとたんにぐったりと座り込んでしまった。
肩の上のトントンが、なーお、と鳴いた。すると男性は、「これは失敬、こんにちは、黒猫くん」帽子を取って丁寧に頭を下げた。……逆の肩に乗っているまろ様は、彼には見えていないようだ。僕に見えて彼に見えぬのは、まろ様の力なのか信心の問題なのか、よくわからない。
「お尋ねしますが、奥の院はこの先ですか」
「はい」
「あと、どれほどかかりますか」
「麓からなら、ここまででちょうど半分というところです」
「なるほどわかりました。どうもありがとう。……ほら君たち、もう少しがんばりましょう」
学生たちに声をかけつつ、帽子をかぶりなおしてすたすた立ち去ろうとするので、僕はあわてて声をかけた。
「でも、工事中ですよ」
「知ってます。私は、大学で歴史学をやっておるのですが、今日はここの調査に来たのですよ。基礎の工事をしていたら、遺構が出たというのでね」
あぁなるほど、工夫たちが言っていた「今日は偉い人が来るから工事ができない」というのは、工事関係者じゃなくて、この学者先生のフィールドワークだったのか。
……面白そうなので、先生についてもう一度奥の院へ戻ることにした。まろ様が、「こりゃなぜ戻る、まろをふもとへ連れてゆかぬか!」ぺしぺし扇で頭を叩いてくるが、知ったことじゃない。
冬枯れの森の中を行きながら、先生が話してくれたのは、こんなことだった。
「まだ実地を見てないから、今のところは、この町の学校の先生が手紙で伝えてきた話によれば、ですがね。……基礎の下に、もっと古い建物の跡を見つけた、というのですよ」
先生の足取りはとてもしっかりしていて、大荷物を背負っているのに僕より歩くのが速いほどだった。学生たちを置き去りにして、ぬかるんだ山道をひょいひょいと登っていく。
「ざっと、二千年前くらい。歴史上、奥の院が建ったのよりさらに千年前ですね」
「つまり?」
「奥の院の場所にはもともと、別の宗教のお宮が建っていたと考えられます。けれど戦争が起き、その宗教勢力は敗れ、お宮も取り壊された。そして勝った側の宗教が、それ以前は何もなかったと歴史を書き換えて自分たちの神様のお宮を建て、今に至るのです」
「つまり……」
「二千年前には、別の神様がここらにおわして、この地域の繁栄の礎は、その信仰が築いた、ってことになりますねぇ」
肩の上で、まろ様が口をあんぐり開け、放心する様子が見て取れた。知らなかったらしい。
「二千年前にいた神様は、どんな神様だったんでしょうか」
「さぁどうでしょう。遺構を調べて、それがわかればいいのですが」
「戦争に負けて、もともとあったお宮が壊されてしまったのは、神様のせいでしょうか。神様が弱かったせいでしょうか」
「まさか。神様はひとえに人の心を導く存在です。信じる人がいればおわしますし、信じる人がいなければお遷りになるでしょう。力が強い弱いは、人の業です。勝者が歴史を作る、それが人の常というだけです。ただ思うに―――」
先生がそこまで口にしたところで、木々が途切れて、視界がふわっと開けた。
奥の院の敷地がある淵にたどり着いたのだ。時間が経って、陽光がちょうどほぼ真上から明るく射し込む時間帯になっていた。ただでさえ美しかった白糸の滝がよりいっそう輝きを増し、淵にかかる虹の橋がくっきりと浮かび上がった。
「やぁ、これは美しい」
先生は感嘆の声をあげると、再び帽子を取り、滝に向かって深々と頭を垂れた。
「―――思うにおそらく、最初にその古き神を祭った人は、町を作りたいとか、戦に勝ちたいなんて思ってなくて、ただこの美しい神のみわざに、心から膝を折っただけなのだと思います」
先生は、頭を垂れたまま、何かに言い聞かせるように、言葉を続けた。
「そうした歴史をひもといていくことが、面白くてしょうがないんです。それをただ面白いと感じられる私は、とても幸福です」
まろ様が、僕の肩から飛び降りた。恥ずかしげに服の裾で顔を覆いながら、ぴゅーっと目にも留まらぬ神速で駆けていき、仮のほこらの壁穴に飛び込んで、二度と中から出て来なかった。トントンが追いかけていって、尻尾を揺らして中を覗き込んだが、どこへ隠れたやらまろ様を捕まえることはできず、すごすごと戻ってきた。
先生の調査が終わったら、遺構はまた埋め戻してしまうそうだ。そして記念祭までに建て替えを終わらせる、それが、調査を望んだ先生と、町の政治家との約束事だという。
奥の院が立派に建て替えられて、また人がたくさん詣るようになったら、まろ様は何か偉い神様になれるだろうか。できれば、まろ様の前にいた神様の姿も垣間見えるような、この美しい風景に溶け込むような、そんな仕上がりになってほしいと願う。セメントで固めるのだけはやめた方がいいんじゃないかな。
今はただ、流れ落ちる滝に見惚れながら、やっぱり賽銭箱を背に、弁当をつつくことにしようか。神のめぐみに感謝して。
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