毒薬料理を美味しいという女


 アポロさんとダフネさんの会談は、延々と続いています。

 私は全権をダフネさんへ任せて、庭園へ出ました。


 アテネさんがついてきます。

「イシュタル様、この格好を変えても良いでしょうか?」

「なぜです?」

「この格好では、イシュタル様を護りきれません」


 確かにアテネさんは、いまドレスを着て髪を結い上げ、それは美しい乙女です。

 女王の侍女としては文句なしです、もったいない……


「ではどのような格好が良いのですか?」

と聞くと、突然服を脱ぎだしたので、「アテネ!」と思わず大きな声が出ました。

「しかし、裸が一番行動的です」


「アテネさん、貴女は私の妹ですよ。お願いですから、困らせないで」

「可哀想なアテネさん、どのように育てられたのか……」

 私は思わず抱きしめました。


 で、再びニコルさんに、活動的な服をアテネさんのためにお願いしました。


 その夜、ダフネさんとアポロさんの会談は終了しました。

 半日に及ぶ会談でしたが、二人は元気です。

 なにか生き生きしていますね。


 特にダフネさんは、頻繁に小雪さんと連絡を取りに、リリータウンとイシュタルの間を行き来して、どうやら小雪さんの知恵も借りたみたいです。


 で、ダフネさんが、

「巫女様、方針は決まりました、めどが立ちました」

 え、報告はそれだけ……


「お任せください」と胸を叩いて、「おやすみなさいませ」と云います。

 どうやらよからぬことらしいです。


 その夜、アテネさんがやってきましたので、過ごしました。


 翌日、アテネさんが少し壊れていました。

 「イシュタル様、イシュタル様!」

 それはそれは、子犬のように側を離れません。


 どうやら愛情に飢えているアテネさんは、私と夜をともにしたのが嬉しかったようで、自分の存在を価値あるものと、少し理解できたようです。

 そしてそれが、このような行為になっていると思われます。


 ダフネさんが、「アテネ、尻尾が見えますよ」と笑いますが、アテネさんは「犬で結構」と、首輪でもしかねません。

 私が与えた小太刀を、それこそ宝物のようにしています。


「そんなに小太刀が嬉しいのですか?」と聞くと、

「イシュタル様の下されたものです、命より大事です」

「アテネさん、その小太刀は私を護るためのものです、いざというときは、そのようなものに執着してはいけませんよ」


 ダフネさんが、

「アテネさんはいい子ね、そうだ、こんど私がご飯を作ってあげましょうか?」

「本当ですか、私のために料理を作ってくださるのですか?」


 アテネさんはボロボロ泣き出しました、スレンダーな無口の美少女が、感激して泣いています。

 だれだってホロリとしますが……ダフネさんの手料理?


 あの毒薬料理をアテネさんに食べさす?

 私の大事な妹を殺す気ですか?

 いけません、絶対にいけません。


 見ればアテネさんはうるうるしています。

 人の優しさに飢えている少女に、罪なことはいえませんが、ダフネさん、ご自分でも食べられる物を作れるのでしょうね。


 ダフネさんの行動は素早く、今日の会議のご苦労さん会などと銘打って、準備をしてしまいました。


 皆さん、期待に胸を膨らましています。

 そうでしょうね、あの綺麗なダフネさんが、この世のものでないものを作るなんて、想像できないでしょうね。


「イシュタル様、お顔が蒼いですが?」

 と、ニコルさんが聞きました。

 後で分かりますと、答えておきましたが……

 それはやはり期待を裏切りません。


 ニコルさんが真っ青な顔で、

「イシュタル様、これは……」

「昔、これを食べてトイレ三昧になりました……」


「きっと殿方が食べてくださるわ!」

 と、トール隊長を睨みつけて、食べるように強要しました。


 トール隊長が震える手で食べようとした時、「美味しい」と声が聞こえます。

 だれかついに頭にきたのかと、声の主を見ますと、アテネさんがパクパクと食べています。


「おいしい、ダフネさん、美味しい、こんなに美味しい物は食べたことがない!」

「アテネさん、熱はない、大丈夫?」


「巫女様、失礼です。アテネさんがせっかく私の手料理を食べているのに、さぁアテネさん、沢山食べてね。この人たちなんかほっときましょう」


 ダフネさんの顔は慈母のようです、でもその手元には毒薬料理が……

 アテネさんは大丈夫なのでしょうか?


 結局アテネさんは、私たちの分まで全部食べてしまいました。

 これ以来、アテネさんは、ダフネさんを母親のように慕っています。

 ダフネさんも満更ではないようです。


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