ウィルヘルム
「父上の奥さんになれ!」
小さい男の子がやってきて、突然云います。
なんですか?この命令調の物言いは、サリーさんの目が点になっています。
私が怪訝な顔をしますと、ボーイさんが飛んで来ました。
私はボーイさんを目で制止して、「坊や」と声を掛けますと、「僕は坊やじゃない」と云います。
「では何とお呼びしましょう」と聞くと、「ウィルヘルムだ!」だそうです。
これは素早く、その父上に、ウィルヘルム君を引き取ってもらいましょう。
「ではウィルヘルム様、お父様の所へ、私を案内していただけますか?」
「お相手の方を知らないのに、お嫁さんにはなれないでしょう?」
と言いますと、私の手をとり、「案内する」と返事します。
ダフネさんが飛んできました。
「み……ヴィーナス様、どうされましたか?」
「ウィルヘルム様が、お父様を紹介してくださるようなので」
と答えますと、「お供します」と私の後をついてきます。
サリーさんも従って来ます。
ウィルヘルム君は、女の人に囲まれている、騎士の方の所へ私を案内します。
その方は、「ウィルヘルム、どうした?」と聞いていますが、私が、
「ご歓談の中、失礼とはぞんじますが、ウィルヘルム様が、私に父上の嫁になれとおっしゃって、案内してくださったのです」
それにしても、取り巻きのご婦人の、視線の痛いこと。
別に私は、貴女たちの獲物を取りに来た分けではありませんよ。
将を得んとすれば馬からです。
ウィルヘルム君をフリーにしたのは、戦略的に失敗ですね。
その騎士さんは、なんともいえない顔をして、
「息子が大変無礼なことを申したようで、親としてお詫び申し上げる」
「幼いお子様の申すことです、気にはしません」
そして、ウィルヘルム君に向かって、
「私はお父様のお嫁さんにはなれませんわ、でもありがとうございます、こんな素敵なお父様を紹介してくださって、これはお礼ですわ」
腰を屈めて、ウィルヘルム君を見つめ、その頬にキスをして差し上げました。
ウィルヘルム君は、
「じゃあ、父上のお嫁さんはいい、僕の母上になれ」
とがんばります。
サリーさんが、「お嬢様は、幼い男の方によくもてますね」と笑っています。
「そうですね、ジャン君以来ですね」
ウィルヘルム君はどうしても、私の手を離しません。
この時点でサリーさんも、ダフネさんも、雲隠れです。
私も少々困ってしまい、しかたがないので、
「ウィルヘルム様、私でよければ、今夜だけお姉さまになりましょうか?」
お父様が、「ウィルヘルム!」と云いましたが、
「キスをして差し上げました仲ですから、今夜一晩、エスコートしていただきましょう、よろしいでしょう?」
「ご迷惑を掛けます、ではよろしくお願いします」
と、頭を下げました。
周りの方が、息を呑むのが分かりました。
この騎士さんは、よほど大物なのでしょう、多分一番の……
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