王都ジャイアール
私はこのピピンという男を、少し見直しました。
多分官僚機構の硬直化したこの国で、この男は破綻を来さないように努力しているのだと。
王も議会もボンクラなんだろうな……
動脈硬化を起こしているのか、立憲君主の一院制議会があるそうだが、その昔の共和制ローマか?
いや、ローマの元老院はそこそこ有能だった、とすればカルタゴしか思い浮かびません。
私は亡国の陰りを感じました。
多分この国は、動乱があれば持ちこたえられない。
私が取り留めないことに、考えを囚われていると、
「ヴィーナス殿、私が王都をご案内いたしましょう、ビクトリア殿も一緒に、食事でもいかがですか」
ダフネさんを見ると、頷いたので、「お願いいたします」と答えましたが、これって、デートの申し込み???
いやいや、私もとうとう女性の思考になったのか、複雑な心境でありました。
馬車の景色に、煉瓦色の屋根が混じり始めています。
ピピンさんが「あれが王都ジャイアールです」と指差しました。
王都ジャイアール……
活気がありますね、人馬が行きかい商店が軒を連ねています。
パンの焼ける香ばしい匂いや、金属の焼けるような匂い、これは鍛冶屋ですか?
ピピンさんに連れられて、大通りを歩いていると、昼間から千鳥足のお父さんがいたりします。
ビクトリアさん、夜まで待ってくださいね。
顔に出ていますよ、いつか寝首をかかれますよ、よくそれで三百七十二年も生きてこれましたね。
と、ビクトリアさんの手が、だれかの手首を掴んでいます。
「ビクトリアさん、どうしましたか?」
ビクトリアさんは、「小さい痴漢か、おまえは」と、その掴んだ手首の相手に云っています。
小さい男の子でした。
あきらかにスリなのですが、スリと決まれば、手首を切り落とされます。
この世界では常識だそうです。
貴婦人の体を触った程度なら、鞭打ちで済むことになります。
ピピンさんを見ると、困った顔をしていましたが、ため息つくと、声を潜めて、
「おまえは鞭打ちを受ける、覚悟しなさい」
「ところで、だれがこの婦人の胸を触れといったのか、私を信じて喋ってはみないか?でないと今後、もっと酷いことになるのは、お前自身知っているだろう?」
男の子は小さな声で、何かを喋っています。
ピピンさんは聞いているのかいないのか、通りの向こうを見ると、今朝の騎士さんたちがいるではありませんか。
その中から、衛士が転がり出てきました。
「ピピン様」
この後、何かを云おうとしましたが、ピピンさんがその前に、
「この子は、この婦人の胸を触ったそうだ、罰を与えよ」
そして小さい声で「ほどほどに」といって男の子を引き渡しました。
ビクトリアさんが、
「今朝の礼を言って来るので、しばらくヴィーナスの相手をしてくれ」
とピピンさんに云って、足早に騎士さんたちのほうへ向かったので、なんとなくその後の展開が分かります。
ビクトリアさんに、
「私はピピン様と、このお店でお茶を飲んでいますので、存分にお礼をいってきてください」
と目の前のお店を指差しました。
ビクトリアさんが戦闘モードになっているのを見送って、私はピピンさんとお茶をしています。
周りの注目を一身に集めているのは私、それともピピンさん?
でもウェイトレスさんが顔を赤らめていたので、ピピンさんのせいでしょう。
こうして見ると、ピピンさんは結構イケメンかも、私の背中にあたる視線って、とても痛いのよ!
「ピピン様って女性にもてるのですね」というと、ピピンさんが、
「違いますよ、ヴィーナス殿、この場の視線は全て貴女に集まっていますよ」
「私の背中には男どころか、女の視線も嫉妬の毒薬が塗られていて、血だらけですよ」
「ピピン様ってお上手ですね」
私はピピンさんのお世辞にまんざらでもなく、ちょっと嬉しくなって、また女性の思考になったことに愕然としたりして、あたふたとしているのを、ピピンさんは面白そうに眺めていました。
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