第八章 ホラズム王国

駅馬車の中


 なだらかな平原を、うねる様に一本の道が走っています。

 アムリア帝国の国境から、幾日馬車に揺られたでしょう。

 朝、宿を出て、乗り合い駅馬車に乗り、夜、宿へ泊まる。

 最近の私たちは、これを繰り返しています。


 歩いても良かったのですが、これだけ馬車にゆられなければ、たどり着けないのですから、馬車もいたしかたない所ではあります。

 しかし、問題が一つありました。

 現在、この馬車には、私たち三人しか乗っていないということです。


 ビクトリアさんが呆れたように、私を見ています。

 当然でしょう!

 ダフネさんがぴったりとくっついて、私の髪をいじくっているのからです。

 朝からずーと、ダフネさんはあきもせずに続けています、時々、ため息をつきながら。


「ダフネさん! いつまで触るのですか!」

 少し気色ばった私に対して、ダフネさんは、しゃあしゃあとのたまってくれます。

「あきるまで」


 ビクトリアさんが「もう十分と思うが?」と云ってくれますが、ダフネさんはやめる気配がありません。

「若いっていいわ、こんな綺麗な髪でいられるなんて」

「どうしたら、こんなに綺麗になれるのかしら」

「手触りがいいわ」


 耳元で囁きながら、息を吹きかけてきます。

 どきどきしてきます。


 !


「どこを触っているのですか!!!」

「む~ね~」

「大きからず小さからず、この手のひらにスッポリとはまる大きさが最高!」


 カチンとこめかみあたりで、音がしたような!!!


「ええ、どうせ私の胸は、ダフネさんみたいに大きくないですよ!」

「そんなに胸が触りたければ、ご自分の大きな胸を触ればいいじゃないですか!」


「この若い張りのある胸がいいの、ね!ビクトリア」


 ビクトリアさんに話を振るダフネさんですが、あれ、ビクトリアさんが!


「たしかに、あるじ殿の胸は魅力的ではあるが、私は下のほうが、触りがいがあるのではと思うが」

 ビクトリアさん、だいぶ変ですよ、お願いだから正気をたもって。


 私の顔がひきつったのを見て、ビクトリアさんが大笑いをしながら云いました。

「あるじ殿をからかうのは面白い」

「ダフネもそう思わないか?」


 なんか一瞬、ビクトリアさんから殺気がほとばしったような気がします。

「そうね、面白かったわ」


 ダフネさんがニヤッと笑ったが、これまた微妙な殺気がでましたよ。


 私はあわてて、話題を変えることにしました。

「ダフネさん、目的地はまだまだ先ですか?」

「そろそろ、お迎えが来る頃ですね」

「チョット作戦会議といきましょう」


 お迎えって初耳です。

 ダフネさんの説明によると、ホラズム王国には、ダフネさんが元神聖教大賢者として、当地を観光で訪れるのでよしなに、と書簡を送ったそうです。


 体面を重んずるホラズム王国のこと、必ずどこかで出迎えが来るだろう。

 ホラズム王国とはそのような国だそうです。


 また私のことは秘密なので、護衛と従者を伴っていることになっているそうです。

 つまり私はダフネさんの侍女で、ビクトリアさんは護衛ということらしい。


 しかも知恵者のダフネさんは、私のことはある良家の息女で、ダフネさんが後見を務めている。

 このたびの観光は私が世間の検分を広めるためで、不測の事態を避けるために、このような手法となっていると、はっきり書いて送ったらしいのです。


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