殺人料理


 ダフネさんのお家に、二三日ご厄介になることにしました。

 もう夕方でしたので、ダフネさんが、

「お食事の準備をいたしますので、少々お待ちください」

 と言って部屋を出て行きます。


 私たちは、取り留めのないことを喋っていましたが、突然にビクトリアさんが、「あるじ殿は私の年に驚かれたか?」と、えらく他人行儀な物言いをします。


 私はビクトリアさんの手を取り、

「驚きましたが、それがどうしましたか、ビクトリアさんはビクトリアさん、私の大事な人でしょう」


 ビクトリアさんはホットした顔をして、

「嫌われるんじゃないかと思ったんだ、ただでさえ年上に見えるのに」

 と云いますので、思わず「馬鹿ね」と返事しました。


 ダフネさんが入ってきて、

「あらら、仲のいいことですね、それよりお食事の準備ができましたわ」


 食堂へ案内されるまで、ダフネさんが、

「今日は腕によりを掛けて作りました、自信作です」

 とおっしゃったので、期待が膨らみました。

 私たちはお腹がぺこぺこだったのです。


 さて、晩御飯です。

 それはテーブルの上にありました。


 もう周りの空気が『どよーん』と澱んでいます。

 これは何なのでしょう?


 ダフネさんが、「遠慮なく食べてくださいね♪」とおっしゃいますが、これは食べ物なのでしょうか?


 ビクトリアさんと視線が合いましたね。

 ビクトリアさんが、観念しろと云っているようです。


 ダフネさんに、

「やはりこの家の主人たるダフネさんが、一番にお食べにならなければ」

 と返しますと、ダフネさんが満面の笑みを浮かべて、

「そこはお客様から」と言い張ります。


 本当にどうしましょう……解毒薬は持っていたかしら、適当な漢方薬あたりをイメージしなくては。


 二人がじっと私を見ます。

 ダフネさん、実は知っているのでしょう、これがとんでもない代物ということを。


 覚悟を決めて、その食べ物もどきを口に運びました。


 口にいれた瞬間、頭で警報が鳴り響きます、これは危険だと……

 これは丸呑みがベストと判断しました。

 それでも、その見事に味のない、こみ上げる悪寒、ある意味ご立派な毒薬といえます。


 私は冷や汗を浮かべながら、丸呑みを続けて何とか完食いたしましたが、なにせ丸呑みです。

 お腹がパニックになっているのが分かります。

 今夜はおトイレ三昧間違いなしです。


 私が冷や汗を浮かべながら、「美味しく頂きました」と言い、二人に、

「とても美味しいですよ、ぜひお食べください!」

 とあらん限りの力を込めて、言いました。

 皆でおトイレ三昧にならなければ、気が済みません。


 ビクトリアさんが、私のあまりの剣幕に押されて口に入れました。

 おゃ、なにか手足が引き攣っていませんか、あまりに美味しいのでしょう。


 さあダフネさん、ご自分のご自慢の手料理です。

 私たちだけで頂いては失礼というもの、共に味わいましょう。


 私は迫ります。

 ダフネさんが腰を引いていますが、私はダフネさんの腰に手を掛けて、「美味しいですよ」と強要しました。


 ダフネさんも諦めて、そのものを口に入れました。

 なるほど泡を吹くほど美味しいのですか、これはぜひ完食ですね、ビクトリアさんも。


 その夜、私たちはおトイレ争奪戦を繰り広げたのは、いうまでもありません。


 夜は三人揃ってトイレの前で、寝具を敷いて一緒に寝ました。

 一緒に寝たのと、おトイレ仲間ということで妙な親近感を感じます。


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