居酒屋『ご機嫌な天使』


 三日かかりましたが、アルジャの街へつながる街道に出ました。

 ここでピエールさんとはお別れです、本当にお世話になりました。


 ピエールさんが私を支えてくれると思うと、この熊男と呼んだ人が頼もしくなり、思わずピエールさんの手を両手で握りしめて、感謝を述べている私でした。

 サリーさんも同じ思いなのでしょうか、何回もお礼を述べています。


 ピエールさんはここから、来た道を戻るそうです。

 ガルダ村を通って、村長に旅立ちを伝えてから、あの教会へ帰り、ピエールさんも旅立つそうです。


 アルジャの街はガルダ村より大きく、辺境の中核都市の地位にあります。

 一応堀に囲まれて、城門の前にはくたびれたような衛士がいます。


 手形を見せたら、少し驚きましたが、「これは本物か?」と、ぶっきらぼうにいいます。

 サリーさんが、「本物でございます、こちらはセリム家のお嬢様でいらっしゃいます」、と云って、「ご苦労様です」と、なにがしのお金を渡しました。


 私たちはこうして、アルジャの街の城門を通り、居酒屋『ご機嫌な天使』を探すと、すぐに見つかりました。


 なかに入ると、ご主人らしき人がいましたので、

「ピエールさんの使いできました、ジャン君は風邪をひいているとのことです」


 それを聞いたご主人は、

「ピエールは元気そうにしていたか、そうか、ジャンは風邪をひいたのか、少しこちらでようすを聞かせてくれ」

 といい、店の片隅のテーブルのほうを、顎で指し示しました。


 ご主人も熊男と呼べる人でしたが、ピエールさんがヒグマなら、こちらはツキノワグマでしょうか?

 多少可愛げな所があります。


 テーブルに三人で座り、ご主人が少し声を潜めて、

「グスタフだ、お嬢さん方」


 サリーさんが、

「私はサリーと申します、こちらの方はヴィーナス・セリムお嬢様です。私たちは魔法の書籍を探しに、ホッパリアへ向かうとこです」


 グスタフさんは、

「ホッパリアへ向かう駅馬車は、昨日出たとこだ、十日ごとに出ることになっているので、次は九日後になる」

「この店は宿屋も兼ねているので、泊まれるがどうするかね」


 サリーさんが、

「それまで宿泊いたします、宿泊料はいかほどでしょうか」と云うと、

 グスタフさんが、

「そのことなのだが頼みがある、代金はいらないので、店を手伝ってくれないか?」


「見ての通りで、店は俺達夫婦二人で切り盛りしている」

「手伝いの女が二人ともやめてしまい、人手が足りないのだ」

「本当はこんなことを、見ず知らずの人に頼むのは筋違いだが、ピエールは信用のおける者しか紹介しない、お願いできないか?」


 サリーさんが、

「私は庶民の出、べつに構いませんがお嬢様は……」


 私はいいました。

「サリー、私は構いませんよ、いい勉強になりましょう」

「で、グスタフさん、私たちは何をすればよいのでしょうか?」


「サリーさんは、給仕と掃除をたのみたいが、ヴィーナスお嬢様は……」

 グスタフさんは考え込んでしまいました。


 私は胸を張って答えてやりましたね!


「私は亡き両親から、家事一般において仕込まれています。また嗜みとして、異国の楽器を奏で、異国の歌を歌えます」

「力仕事には自信がありませんが、それ以外でしたら何なりとおっしゃってください」


「ではヴィーナスさんには、人手が足りないところを、随時手伝っていただきましょう、勿論、無粋な酔客などの相手は、サリーさん共々させません」


 こうして私たちは、居酒屋『ご機嫌な天使』で、九日間のアルバイトをすることになりました。


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