第三章 女傭兵
峠越え
翌朝私たちは、久しくご厄介になった教会を、後にしました。
アンリエッタさんとジャン君に見送られながら、いよいよアムリア帝国を見聞しにいきます。
このひと月、ピエールさんから、アムリア帝国に対しての、かなりの知識を教えていただきました。
私たちはその知識を頼りに、比較的安全と思われる帝国第二の都市、商都ホッパリアへ向かうことにしました。
私たちは、アンリエッタさんの、お下がりの服を一式頂いて、それを着ています。
サリーさんがピエールさんにもらった背負い袋をもって、その中に私たちが着ていた服をいれています。
サリーさんのカバンも、その中に入っています。
最後の夜、ピエールさんに状況を聞くと、やはりガルダ村へ戻るのは、無用のトラブルを招く恐れがあると、判断できます。
ホッパリアへ向かうのは、この教会から獣道を通り、一つ山を越えて、帝国の辺境伯領の、小さな街であるアルジャからでている、駅馬車に乗るのが良いと勧められたので、その通りにすることにしました。
アルジャには、ピエールさんの知り合いの、居酒屋『ご機嫌な天使』の主人に、『ピエールの使いで、ジャンは風邪をひいている』といえば、なにも聞かずに泊めてくれるとのことでした。
アルジャの手前までは、ピエールさんが送ってくれることになりました。
ピエールさんの案内で、まずは峠を目指して、深い森の中を歩きます。
昼の休憩に、アンリエッタさんの真心が込められたお弁当を広げます。
中身はシンプルにパンと何かの丸焼きですが、あのピエールさんが作ってくれた、豪快な手料理とは別物のようで、なにもかもがおいしくなっていました。
ピエールさんにそのように言うと、
「アンリエッタの料理は最高です!」
本当に色々な意味でご馳走様ですね。
ふと見るとピエールさんの襟に、あの軍神マルスの惑星記号が赤く刺繍されています。
私が見つめていますと、
「アンリエッタが刺繍してくれました」
と、のたまってくれますよ。
そう言えば軍神マルスは、夜には火の星として、空にあると言った覚えがあります。
同じくヴィーナスは金の星と云ったので、「ではアンリエッタさんは金の刺繍ですか?」と聞くと、「いいえ、恐れ多いので銀にすると云っていました」とのことです。
金色でもいいのにとも、おもいましたが、個人の考えることですから。
「私も妻も、紋章を頂いたことは、大変な名誉と考えています」
「妻は珍しく興奮して、今度このナイフカバーにも、何とか刺繍をすると云っていました」
「ところでヴィーナス様、どのような身分として、商都ホッパリアへ?何の目的で旅するつもりですか?」
そういえば、そこのところは深く考えなかったですね。
ピエールさんが、
「アンリエッタがそのことを心配して、とりあえずヴィーナス様にお考えがなければ、アンリエッタの遠い親戚に、今は没落したセリム家というのがあります、その家の末裔と名乗られればどうかと、いうのです」
「もう一族としては、アンリエッタただ一人となっていますが、その手形がありますので、少し賄賂を要求されるぐらいで、大事には至らないだろうと思われます」
「このセリム家は、代々魔法士を出した家柄でしたので、ヴィーナス様は魔法の書籍をさがしに、ホッパリアへ向かうことにすればいかがでしょう、そしてサリー様はそのお付きとすれば、矛盾はないと考えられます」
「そしてこれを預かってきました」
見ると一つは手形、一つは首飾りでした。
手形は、これを持っているものは、セリム家の者という、三代前の皇帝自身の、御璽が押されているものです。
そして首飾りは売り払って、路銀のたしにとのことでした。
手形はお借りすることにしましたが、首飾りは丁重にお断りさせていただきました。
ピエールさんが路銀の心配をしますので、サリーさんに路銀を取り出してもらい、ピエールさんに納得してもらいました。
でも三代前の皇帝自身の、御璽がおされた手形を見せても、賄賂を要求されるなんて、どこまでもアムリア帝国は腐っているようですね……
峠越えは大変でした。
結局、私はピエールさんにおんぶされて、風花が舞う峠を越えました。
道といっても、人一人通れる程度の細い道巾です。
寒さに震えながら、ピエールさんの肩越しから、この世界の大地を目にした時、私は感動を覚えました。
やはり自然の壮大さの前には、世界を渡ってきた私でも、一個のひ弱い人間と痛感させられます。
お尻を男の人にさわられて、少し女を感じたのは内緒ですよ。
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