その名はイシュタル


 この時、私はあることに気がつき驚愕しました。

 が、ピエールさんたちには、この驚きを知られぬように注意しながら、

「アンリエッタさん、貴女には私の紋章『♀』の使用を許可します。どうか、再会する時まで、お身体を大事にしてください」


「ピエールさんには、軍神マルスの紋章『♂』を授けましょう、男性の武勇や闘争心を表します」

「遥かな昔、私の国では、この紋章をもつものの子孫が、四海の敵を打ち破り、千年の間繁栄した、大帝国を作り上げた象徴です」


「そして、この二つは女と男の象徴でもあります、お二人の仲の良さを祝う、私からのせめてもの贈り物です」

「いつか教団領に、足を運ぶことを約束いたします、お身体大事でお待ちください」


 その夜、サリーさんと、この地での最後の時を過ごしています。

 お気に入りの場所、いつもの椅子に座り、隣にはサリーさんがピッタリとくっついています。


 私の知っている世界とは違う星々、何一つ同じものはないはずの世界、でも夜空の美しさは変わりありません。

 運命を司るのが神ならば、その神は確かに私の手をとって、この世界に導いたと確信しました。


「サリーさん、私はヴィーナスと名乗ることにしました」

「愛と美の女神とは、よくいったものだと自分でも思うし、恥ずかしいですが、名に恥じぬ女性になってみます」

「男であった過去は過去です。いまなすべきことをなすべく、現状を認識しました」


「でもサリーさん、私はこの名前を口に出した時、本当に神はおられると感じました」

「私を転移させた人たちではなく、この事態を、今の事態がこうして起こっていることが、神のなせる技と思えるのです」


「サリーさん、聞いてください」

「明けの明星は別の名もあります。宵の明星、ルシファー、光を帯びたもの、悪魔の総帥の名前です」


 私は続けます。

「私の知る神の言葉には、『夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです』――(*ペトロの手紙二1章19節 )――と、『暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか』――(*イザヤ書 14章12節)――の相反するものがあります。」


「私はこの世界を救うか、それとも終わりにするか、判断しなければなりません」

「つまり黒の巫女たる私は、ヴィーナスもルシファーも、この身に秘めている」

「あまりに、この状況に合致していると思いませんか?遥かに離れた、闇も光も届かないほど離れた、二つの世界の伝承が、いまこのときに、不思議に同調するのです」


「サリーさん、辛いことをいいますが、続けて聞いてください、あなたは昔、娼婦をしていたと、いっていましたね」

 サリーさんは、少し辛そうな顔をして頷きました。


「ヴィーナスにはもうひとつ、遥かな古代に唱えられた名があります、その名はイシュタル」

「戦の女神でもあり、天神アヌの娘、そして娼婦の守護者です」

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