第54話 廃砦に立つ旗

 トロアを出発して4日目。測量隊は西方のサンスへと向かっていた。もちろん、道中の測量をしながらである。


「およそ計画通りに進んでいるな。サンスまではあと2日といったところか」


 日食は太陽と大地の間に月が入り込むことで起きる。見方を変えれば、日食というのは月が大地に落とす影の部分で起きると言える。月の影が通る場所こそが日食の起こる場所であり、中心部の本影の場所が皆既日食の起こるところである。


 天文学者アンネ・ブラーエが魔術師アラン・トゥルニエとともに導き出した計算では月の影はサンスあたりからポンティニーあたりにかけて通過するだろうということであった。


 「サンスあたり」と曖昧なのは月の軌道計算の問題というよりも、正確な地図がないがために、計算で求められる緯度経度の地点が地上のどの部分なのかがはっきりしないためである。故に測量隊は街道に沿って測量を行い、月の影が通過する予定地――つまり皆既日食が起こる場所――を探り当てようとしているのであった。



 測量というのは三角形を描いて角度と長さを測っていき、計算で各地点の場所を定めていく地味な作業である。大地の大きさは、2か所で星の観測で緯度を測って南北の距離を測れば求めることができる。緯度が1度違えば南北方向に69マイル約111kmということである。測量による値はそのまま信じることはできない。各地で行った星の観測から求める緯度といった値を総合的に判断して誤差を処理していく。距離を測るのも歩測(歩いた歩数で測る)であるから誤差はいたるところから生じる。それでも、レンズブルクからサンスまでの街道の測量地図としては世界で一番正確なものが測量隊によって作られていた。


「既存の地図によればこのあたりの街道近くの丘に廃砦があるようです」

「測量点によさそうだな。先行して櫓を組んで旗を立ててくれ」


 測量隊はまさにフラッグを立てようとしていた。




 街道そばの小高い丘に砦跡はあった。石積みの城壁跡が残されているが破損が酷い。かなり古い時代のものなのだろう。現代ではサンス - トロアの街道を睨むこの位置に砦を構える必要がない。砦を整備して維持するのにも金がかかる。軍を駐留させるとなればなおのことである。それでも近隣諸国との緊張関係によっては砦を築き、軍を駐留させてでも備えておかねばならないのだが、そこがもはや国境でもなんでもなくなってしまうと維持されなくなる。なんとなれば、野盗のねぐらにされない程度に壊しておく方がよい、ぐらいのものであった。


 そんな廃砦に先発隊は入っていく。一応、野盗や野生動物などがねぐらにしている可能性を考えて軍装の護衛が先導して安全を確認しながらだ。


「変なものが住み着いたりはしてなさそうだな」


 先発隊は丘の頂にたどりつくと、適度な石を礎石に選定し、礎石には測量の起点にしたことをあらわす目印を彫りこんでおく。石を彫る槌音があたりに響きわたる。その上に旗を立てる櫓を組み、測量の目印に赤い旗を立てた。


 これを目印にして街道側の本隊が測量を行うわけである。本隊はまだ手前の測量点の測量中なのだろう。まだ時間がかかりそうなので、こちら側からの測量の準備にとりかかることにする。


「ん? あれはどこの部隊だ?」


 ふとサンス方面を見やるとどこかの人族の部隊がやってくるようであった。


「サンスからトロアへの援軍ですかね?」


 そんなことを暢気に話しつつ、測量本体がようやく揚げた旗測量しはじめる。測量は精密さが求められる。故に廃砦の分隊も測量が始まれば真剣である。水平を正確に保ち、方角を正確に測り、角度をまた正確に測る。そうした神経を使う精密作業だからこそ、異変に気づくのに遅れてしまったのはやむを得ないと言えよう。






「動くな!! 大人しく降伏しろ!!!」


 突然の出来事に廃砦の測量分隊は呆気に取られていた。気が付けば丘の上の廃砦は謎の軍に制圧されていた。


「なんだ、お前ら人族じゃねえか。どうしてエルフに見方する? 金でも積まれたか?」


 何がなにやら話がさっぱり分からない。


「我々は……。レンズブルクの測量隊だ。エルフというのは一体なんの話だ……?」


 武器を突き付けている相手部隊の方もなにやら様子がおかしいと訝しがっているようだ。


「古い砦跡とはいえ、こんなところにクソエルフ共の赤い旗をおっ立てて何も知りませんってわけがないだろう!? ああん?」


 なんだって? エルフの旗!?


「だからエルフというのはなんなんだ!? あなたたちはエルフに包囲されているトロアを解放しに行く援軍ではないのか!?」


 相手の部隊長と思しき男に隣にいた男が耳打ちしている。


「トロアがエルフに包囲されているというのは本当か? お前らがエルフと組んでトロアを落とそうとしているのか?」


 いやいやいや。どいういうことなんだ? 我々がエルフと組む?


「我々はレンズブルクの測量隊だ。レンズブルクの本体は今はトロアで戦っているはずだ」


「レンズブルクがエルフと組んでトロアに侵略か? それでおまえらはサンス攻略の別動隊というわけか。まったくやってくれるぜ、あのクソエルフ共が!!」


 隊長は腹いせにか、ガンっと測量の旗を立てていた櫓を蹴り飛ばす。


「まってくれ!! 話を聞いてくれ!! レンズブルク軍はデルメンホルスト軍と一緒にエルフと戦っているんだ!!!」


「おい、どういうことだ?」


「我々がトロアに着いた時にはトロアはエルフに包囲されていたんだ! 援軍要請を受けてレンズブルク軍とデルメンホルスト軍はトロア解放をしようとしている!!」


「おまえらはエルフの手先じゃないのか?」


「どうしてそうなる! 我々はレンズブルクの測量隊だ!」


「じゃぁどうしてクソエルフ共の旗を立ててるんだ!!」


 エルフの旗? さっきから言ってるエルフの旗ってのはなんなんだ?




 どうやら、話を聞くとサンスもまたエルフに攻められたらしい。サンス軍も抗戦したが、どこからか城壁内に侵入したエルフ達がいたらしく、外からの攻撃に加え城壁内部の撹乱でサンスは大混乱となったらしい。


 ついにサンスの北門が破られ、城内にエルフが大挙して押し寄せてくる。奴らは荷車を即席の野戦砦のように扱い攻めてきたのだという。サンス軍は総崩れとなり、一か八かで東門から撃って出て城外に脱出したのだという。彼らはサンス亡命軍なのだという。


 そのエルフ達の掲げていた旗が問題の赤い旗であった。東方へと脱出したサンス亡命軍の先遣隊は廃砦に掲げられた赤い旗を見てすでに東方までもがエルフの占領下にあるのかと慌てたのだという。しかし、様子を見てみればエルフではなく人族で、この襲撃が人族とエルフの連合軍だったのか? と陰謀を疑うことになったのだ。


 ただちに測量の旗は白旗に取り替えられ、丘の上の廃砦に掲げられることとなった。



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 しばらく更新が滞っていました。タイトルも改めました。書いているうちに方向性が当初の思惑から外れて違う方向に向かってしまったためです。もっとも、IT革命が起きるまではまだまだ時間がかかりそうですが。

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