第53話 レンズブルクの投石機

 エルフの矢はせいぜい150ヤード約137mが届く限界で、200ヤード約183mほどまで近づいても威嚇はしてくるが、砦を出て攻撃してくることはない。それほど平地での白兵戦は人族に有利ということだろう。レンズブルク軍にそのことをアドバイスする。


 レンズブルク軍はデルメンホルスト軍から資材を得ると、すぐに投石機カタパルトの設置を始める。その位置は大胆にもエルフの野戦砦の200ヤード約183m手前である。エルフは怒声をあげ威嚇し、ときおり矢を撃って見せるが当然届きはしない。目の前で堂々と投石機カタパルトを組み上げて見せた。このこと自体が挑発であった。


「アラン先生、お下がりください。危険です!!」

「矢は届かないし大丈夫、大丈夫」


 投石機カタパルトの周辺でエルフの野戦砦の測量をしているのはレンズブルクの筆頭魔術師のアラン・トゥルニエだそうだ。やはりレンズブルクのアカデミーというのは変人ぞろいなのだな。


 投石機カタパルトはねじりばね式のものだが、魔法陣を据え付けているようだった。組み上げると砦方向ではなく、真横に向かって試射をする。なにをやってるんだ? そのまま砦にぶちこめばいいだろうに。試射の石の落下点に旗が立てられ、測量をしているようだ。本当に何をやってるんだろうな? まあしかし、300ヤード約274mほど飛んだか? エルフ共の弓は届かないが、レンズブルク軍の投石機カタパルトは届くというわけだ。嫌がらせとしてはかなりのものである。エルフ共、撃って出てこれるもんなら来てみろ、返り討ちにしてやる。


「レンズブルクの投石機カタパルトは正確無比!! 手始めにその見張り台を撃ちぬいてくれる!」


 いやいやいや。練度は高そうだが、たいしたはったりだな。これで外れたら恥ずかしいぞ? そもそも投石機カタパルトなんてものはだいたいの向きが合わせられるだけで狙いがつけれるようなものではない。


 果たして投じられた石はまっすぐに見張り台を撃ちぬく。


「「「おおおおおお!!」」」


 雄叫びをあげるレンズブルク軍。野戦砦のエルフ達は動揺しているようだった。6本あった見張り台が順に撃ちぬかれていく。正確無比とはまさにこのことか! 信じられないものを見て戦場は異様な雰囲気であった。


 その日、レンズブルクの投石機カタパルトは4機組み上げられ、その正確無比な射撃はエルフの野戦砦の見張り台をことごとく破壊した。


 丸太で普請ふしんされた野戦砦だが、外壁の内側には砂利や土が詰められているのだろう。破城槌はじょうついをもってしても壁を破ることはできなかった。投石機カタパルトでもそう簡単には破れはしまい。さてここからどうするか。


 レンズブルク軍は交代で投石を続ける。デルメンホルスト軍は投石機カタパルトの防衛を勤めたが、至極退屈であった。野戦砦には継続的に石が降り続き、そこに混じって火のついた薪やらが飛んでくる。石の降る中では十分に消火作業を行えず、ついにはエルフの野戦砦は燃え上がった。





 翌朝、トロアの北門が開いた。エルフの野戦砦は全焼。火の勢いが強まったあたりでエルフ達は船で撤退、トロア北門の前は焼け野原であった。


 いまだ南門の封鎖は続いているが、北門が解放されたことでトロア市の封鎖は解けたと言っていい。トロア市内ではデルメンホルスト軍、レンズブルク軍を迎えて会談が行われた。


「この度の援軍、まことに感謝いたします」


 政務官のクリストフ・リスナールが謝辞を述べる。浅黒い南方系の恰幅の良い男であった。トロアは交易を中心として栄えた商業都市で、貴族による統治ではなく、商人を中心とした自治を行っていた。その議会によって選出されたのが政務官であり、市政のトップであった。


「周辺都市からの援軍はなかったのかね?」


「はい。我々も封鎖によって外の状況が掴めていないのですが、ポンティニーもサンスもオーセールも、今まで援軍はありません。援軍要請の伝令すら出せていない状況ではありますが」


「レンズブルク軍は所用があってポンティニーに向かう途中だったのだ。昨日トロアについたばかりで周辺の状況は掴めていない」


「デルメンホルスト軍でも周辺情報は得られていませんな」

 封鎖が解けたことであるし、急ぎ、周辺都市に伝令を出す。包囲は解けたと言っても南門の前には未だエルフが陣取っている。トロアは未だ戦時中であった。


「あの砦を1日で落とすとは見事でした。南の砦もなんとかなりませんか?」


「我がレンズブルク軍は先も言った通りポンティニーに向かう道中なのだ。我々は先を急がねばならん。投石機カタパルトは提供してもよい」

「恥ずかしながら、トロアの防衛隊は攻城兵器を扱うノウハウがないのです。デルメンホルスト軍では扱えますか?」

「我がデルメンホルスト軍では投石機カタパルトも扱うことはできるが……。レンズブルク軍のあの異様な精度を期待されても困るぞ?」

「封鎖が解けた以上、時間が切迫しているわけでもありますまい。エルフ共にしてみれば、トロアの門を超えれず膠着した時点で、封鎖していることこそが唯一の勝利の可能性であったはず。封鎖が解けた以上、大規模なエルフの援軍でもない限り勝ち目はない」

「このまま行けばエルフはジリ貧か。撤退を勧告したら退くかもしれんな。トロアとしてはどう決着したいのだ?」


 今回、トロアは完全な被害者である。エルフを撃退したとして、エルフに損害賠償を求めることもできないだろう。タンブルのエルフの森に逆侵攻して賠償を勝ち取れるか? といえば、今度は戦場は森である。そうなればエルフ有利で侵攻はままならない。そう考えるとタンブルのエルフは今回の落とし前については完全に踏み倒すとみられた。つまり、トロアは完全にやられ損である。


 そして、援軍を送ったデルメンホルストや、レンズブルクに対しても相応の礼をしなくてはならない。金で解決できれば良い方で、下手をすれば関税権やらなにやら差し出さねばならなくなるし、そうした権利が将来の自治権を蝕むことになる。


 目の前のエルフ共を金に換える方法があれば良いのだが、それが出来ない以上は、腹立たしいがおとなしく退いてくれたほうが、損が広がらないだけトータルでは得と言える状況だった。


「デルメンホルストの方たちにトロア軍を教練して頂くことはできませんか?」

投石機カタパルトの使い方を覚えればあとは自分たちでやるということかな?」


 デルメンホルスト軍にずっと闘ってもらうよりは貸しが少ない落としどころだろう。デルメンホルストとしては鉄の流通が回復することが急務であるが、その目的は部分的に達成されている。ポンティニーに向かった使者がトロアの包囲が解けたことを伝えれば、流通が復活するだろうとみられた。


 今回の戦いで大活躍であったレンズブルク軍の要求はささやかなものであった。


・提供したカタパルトの分の素材を別途提供すること

・レンズブルク軍の補給

・トロアに若干名の人員を置くので保護し便宜を図ること


 そして、補給を済ませるとあっという間に旅立ってしまった。

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