第52話 レンズブルク軍参戦

「測量隊は西へ向かったか」


 先行する測量隊から伝令がやってきた。測量隊はトロア入りは出来ないため、西のサンスを目指したという。サンスもおそらく日食観測には適した地であろう。測量データを整理して緯度経度を決めないことにははっきりしたことは分からないのであるが。


「ホルシュタイン伯爵、我々はどうなさいますか?」

「トロアを無視はできんな。先行するデルメンホルスト軍に協力してトロアを解放したいところだが、日数をかけるわけにもいかんだろう。デルメンホルスト軍の働きに期待したいところだがこればかりは現地の様子を見ないことには」


 伝令でやりとりして伝わる情報というのは限定的である。馬を使って目いっぱい無茶をしたとしても1日に30マイル約48kmほどで、常識的には20マイル約32kmがせいぜいだろう。軍隊の移動は一番遅い部分荷馬車に引きずられるので1日に10マイル約16km程度となる。この速度差で伝令を飛ばして情報をやりとりしつつ部隊運用するのだ。ある種の経験と勘がものを言う。


 そんな事情から測量隊はいちいち観測隊本隊の指示をまって行動なんぞできないわけで、測量隊の隊長ゲーアハルトには状況を判断して隊を動かす権限が与えられている。エルフとの戦争が起きているこの混乱した状況で賢明な判断をしているとホルシュタイン伯爵は評価していた。


 観測隊本隊は情勢不安もあったため護衛の軍隊が肥大して、半ばレンズブルク軍といった様相であった。そしてレンズブルクの領主であるホルシュタイン伯爵が同行している。これを「観測隊」と言っても首をかしげるのが普通の反応だろう。そして、当のホルシュタイン伯爵が軍としての仕事をしようとしているのだから、もはや軍以外の何物でもないように見える。


 しかし、そこにはアカデミーの学者の一団がいた。観測機器とこの学者の一団がこの「観測隊」の中核のハズであった。


「戦闘になったらどうしたらよいのでしょう? アラン先生」


 隣にいた兵士は、天文学者のアンネ先生、魔術師のアラン先生は是が非でも守らねばなるまい、と思いながら聞いていた。この人達こそがこのを観測隊たらしめている。しかし、魔術師というのはどこか狂気をまとった人であるようだった。


「我々にできることといえば測量技術での観測ぐらいのものではないですかね。カタパルトの補助なら役立てるかなあ」


 えっ? 闘うの? 周りで聞いていた兵士たちは一斉に振り返るとアラン先生を凝視した。ざわ……ざわ……。


「ん? 魔法陣のことで何かあったら遠慮なく言ってくれ……?」


 周りの様子を伺うと怪訝な顔でそう語り掛ける。レンズブルクの筆頭魔術師サマは随分とフランクであった。偉いセンセイをお護りしろ、と言われていた兵達であるが、この人はなにかしでかしそうだ。





 トロアの戦局は膠着していた。一気に包囲をしかけたエルフではあったが、都市への侵入はいまだ成せずにいた。野戦砦はトロア側からの攻撃を防ぐことができ、トロア側もエルフの攻撃を城門で防ぐことができている。デルメンホルスト軍がやってはきたが、これも野戦砦で防ぐことができており、戦局がひっくり返るような状況には至っていない。


 長期的な視点で見るとエルフ軍は川を抑えており、タンブルの森から資源を輸送することができており、補給線があるエルフ軍が有利である。包囲されているトロアはずっと籠城していてはいつか干上がってしまう。デルメンホルスト軍も食料には限りがあり、滞在期間は限られる。その限られた時間でデルメンホルスト軍がエルフ軍の野戦砦を攻略できるかどうか? という状況に陥っていた。


 デルメンホルスト軍は破城槌はじょうついを用意し、野戦砦を破壊すべく総攻撃をしかけたが、砦の防衛は堅く、突破することはできなかった。破城槌はじょうついが破壊された時点で作戦は失敗、退却とあいなった。


 エルフは平地では鈍足であるため、撤退するデルメンホルスト軍を砦から出て追撃するようなことはなく、退却したといってもデルメンホルスト軍の損害も大きくはない。まさに膠着状態である。野戦砦に日々嫌がらせをしてはいるが、このままではどうにも落ちそうにはなかった。


 そこに到着したのがレンズブルク軍である。その旗を見たとき、デルメンホルスト軍の指揮官の心中は複雑であった。援軍が来たことは嬉しいのだが、よりによってレンズブルク軍である。レンズブルクといえば数日前にレンズブルクの測量隊を保護しようとした時のことが思い出される。あの時、測量隊の隊長ゲーアハルトは退避勧告を聞かず、測量を続けると言って聞かなかったのである。


 そのレンズブルクの援軍である。この膠着した状況で援軍が来ることは素直に嬉しいが、あのレンズブルクの連中である。その指揮官がデルメンホルスト軍の本陣にやってくるようだった。文句のひとつも言ってやろう。


「デルメンホルスト軍の指揮を任されている、アルブレヒト・ツー・フリートベルクだ」

 簡単に自己紹介して手を差し出す。

「レンズブルク軍の指揮をしているエーリク・フォン・ホルシュタインだ。よろしく」

 そういって手を握り握手をする。


 アルブレヒトの顔は青ざめていた。ホルシュタイン!? レンズブルクとその一帯を治める伯爵様ではないか!!

「ホルシュタイン……伯爵……であらせられましたか! 失礼しました!!」

 レンズブルクの軍人かと思いきや、伯爵様自らが!? 本当、なんなんだよ! レンズブルクの連中は何をしようとしているんだ!?


「先の測量隊から連絡は受けている。保護しようとしてくれたそうだな。礼を言う」

「はっ。この戦況ですので危険ゆえ、デルメンホルストへ引き返すよう言ったのですが、測量を続けるとのことでした。合流なさいましたか?」

「いや、測量隊は西へ向かったと連絡をうけている。我々も後を追いたいのでね。トロアをどうにかしたい。様子はどうかね?」


 あの測量隊の後を追う? 本当に何をしようというのか……。


「御覧になられたかもしれませんが、トロアは南北の城門の前にエルフ共に野戦砦を築かれ封鎖された状態にあります。トロアの防衛隊もよく闘っているようで、エルフとトロアは膠着しています。我々は北門の、つまり、あそこに見える野戦砦を攻略しようとしております」


 エルフの野戦砦はわずかに1マイル約1.6km先であった。


「随分と近くに陣取ったものだな」

「エルフとは道中も交戦しましたが、平地では足が遅い。正面切って突っ込んでくることはありません。矢が届かない距離にいれば何も恐れることはありませんよ」

「攻略はできそうかね?」


 アルブレヒトは肩をすくめる。


「昨日、破城槌はじょうついを用意して総攻撃をかけたところですが、破城槌はじょうついをやられました。エルフ共は追撃してこないので被害は少なかったのですが、正直、攻め手に欠けますな」


投石機カタパルトはないのかね?」

「木材は調達できるのですが、腱が用意できません」

「そうか。木材を融通してくれればわが軍で用意するがどうだ?」


 用意のいいことだ。ここはひとつレンズブルク軍に頼むとしよう。


「それはありがたい話ですな。わが軍で集めた木材でよければ使ってください」





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