第50話 タンブルの森

 デルメンホルスト軍がトロアへとあと1日というあたりまで近づくと、左手東側に森林が見えてきた。タンブルの大森林である。森林の奥地にはタンブル湖があるという。そのほとりにはエルフ達のタンブルの街があるのだそうだ。


 その現地を訪れたことのある人族は少ない。交易などで多少は行き来があるようだが、その数は決して多くはない。そして今、こうして戦争が起きているのだ、今現在タンブルにいる人族はどういう扱いなのだろうか。


 このあたりの街道はタンブルの森林を目視できる程度には近い。タンブル行きの分岐点を過ぎたあたりで野営の準備を始める。すると、森林側から、ちょろちょろとエルフの小隊が現れて露骨にこちらを監視しはじめた。


「敵地が近いだけのことはあるな。警戒を密にしろ。最悪、夜襲をかけてくるかもしれん」


 エルフ共が平地で人族に切り込んでくるとまでは思わないが、弓を射かけてくるぐらいの嫌がらせハラスメントはあるかもしれない。連中もさすがに、このタイミングで現れた人族の軍隊をただの通りすがりの無関係な軍隊だとは考えないだろう。トロアの援軍、つまり敵だとみなしているに違いない。敵か味方か分からないままに弓を射かけるなどとすればいたずらに敵を作ることになりかねないが、この状況である。まず敵対を前提にしているだろう、夜襲や奇襲を遠慮してくれることは期待できなかった。


 森からは2マイル約3.2kmは離れているが、夜間の弓での嫌がらせはやってきた。おそらく弓の飛距離ぎりぎり、200ヤード約183mほどから放ったのだろう。矢の数は数十にもなりそうだ。月は望月、月明りの中を森から出て弓の飛距離まで接近してきたエルフ達が10人以上はいた。即座にデルメンホルスト軍の追手が月明かりの草原を駆けていく。


「オラアァァ! 待てやコラァ!!!」


エルフは平地では鈍足だ。追手を巻くべく、散り散りに逃げていくが、追いかけるデルメンホルスト軍も鬼の形相である。半マイル約0.8kmほどの距離だろうか、ほどなく3名のエルフが捉えられ、引きずられてきた。


「お前たちは、タンブルの森のエルフか?」


 尋問は3人別々の場所で行われた。その場で口裏を合わせさせないためである。


「わざわざ軍を相手に弓を射かけてきたのだ、ただで済むと思ってはいないだろうが……。こちらもタンブルにお前らのことを伝えねばならない。果たしてただの野盗なのか、タンブルの手の物なのか。野盗だというならをしてタンブルへは事後報告、タンブルの手の物だとすれば我々と戦争をする宣戦布告ということで良いのかな?」


 野党の処置というのはおよそ穏やかなものではない。かといってタンブルの者だといえば、国の争いにまでなりかねない。いや、特攻をかけてくるような下っ端は、やれと言われたからやりましたぐらいのもんで、国と国の争いの戦端を切ったなんていう責任なんぞ考えもしてないか。わざわざ危険を承知で夜襲に来るような連中である。口はそれなりに堅いだろう。ぺらぺらとタンブルの者ですと答えるとも思えなかった。しばらく尋問は続けられたが、これといった情報は聞き出せないでいた。


 そこに他から兵士がやってきて尋問官にそっと耳打ちする。


「ひとり、。もうひとりしゃべってくれれば情報を付き合わせできて助かるんだがな。まあ、それはお前でも、もうひとりでもいい。しかし、タンブルに抗議するにしても手土産に。我々としては誰がどっちでもいいんだがね?」


  その横ではが設置され、その横ではシャッシャッと斧が研がれ始める。脂汗を流していた下手人げしゅにんはついに耐えきれなくなって口を割った。


「まってくれ! 話す! 話すから、待ってくれ!」





 すでにひとりしゃべったぞ、と聞かされたエルフ達は、3自供した。尋問官の言う既に他の者がしゃべった、というのはブラフだ。自分が最初にしゃべったわけではないという言い訳を与えられ、そして黙っていればその斧が振るわれるという恐怖心を与えられた。自分が最初に話すのでなければ、黙っていても既にもうだめだ、ならばあとは自分の命が助かるかどうかでしかない――そう考えて、それぞれがそれぞれしゃべりだしたというわけである。


 エルフの連中は、お粗末なことにをやろうとしたようである。釣り役の部隊が野営中のデルメンホルスト軍に射掛け、追わせて森に引き込む。そこを待ち伏せしている部隊で挟撃して射掛けて殲滅する――というシナリオである。デルメンホルスト軍は街道の反対側、森から遠い側の平原に野営の陣を張った。森との距離は2マイル約3.2kmほどになり、エルフの鈍足では釣りどころではなく、わずかに半マイル約0.8kmほどであっけなく3人捕まってしまった。


 エルフ達も人族との戦争なんぞ経験がないものだから、彼我ひがの種族の特性が分かっていない。舐めてかかったら平地の人族は思いのほか足が速くてビビったようであった。


 エルフから聞き出した情報では、やはりトロアは包囲されているらしい。しかし、攻城戦は続いており、後方警戒というか、援軍の足止めがここの部隊の役目なのだという。デルメンホルスト軍の到着は彼らによってトロア包囲軍に伝えられることだろう。その情報だけで包囲を解いて逃げてくれれば楽なのだが。まあ、そうはいくまい。




 その夜、最初の襲撃以降はエルフからの直接的な嫌がらせハラスメントはこなかった。せいぜい、遠くで騒いで威嚇する程度である。追いかけられたエルフ達がその危うさを認識したのだろう。森から2マイル約3.2kmというのは安全に逃げ切れる距離ではないときっとエルフ達も学んだのだ。デルメンホルスト軍の警戒も密であり、隙がない。ここの足止め部隊では、奇襲でデルメンホルスト軍を殲滅できるほどの人数ではないようで、加えて人族有利の平原側である。当たり前ではあるが無理な特攻などする気はないのだろう。


 夜が明けてデルメンホルスト軍は行軍を再開する。エルフ達は森の近くで遠巻きに監視しているだけであった。

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