第49話 ドラゴン
「いくんですか、伯爵……!」
「ああ、行くとも、アラン」
ホルシュタイン伯爵は是が非でも皆既日食の観測をしたかった。そのためには戦争くらいどうにかしてしまうのがエーリク・ホルシュタインだった。
「エルフ共に一泡吹かせてやるぞ!」
「おおおおぉぉ!!!」
観測隊の指揮は高かった。観測隊という名のレンズブルク軍はデルメンホルストで補給を済ませると先行する測量隊とデルメンホルストに追いつくべく行軍を開始する。
「気をつけろ。上空にドラゴンがいる」
デルメンホルストを出て数日経った頃の事であった。護衛長が注意を促す。見上げると上空をぐるぐると回る影があった。
「ドラゴンは集団になっていれば襲ってはこない。皆、はぐれないように注意しろ。単独行動はするな!」
ドラゴンは人を二人抱えて飛ぶことはできないのだそうだ。ひとりが丸呑みにされたなら、それ以上襲うことはない。ドラゴンから逃げたければ隣の奴より速く走れ、などという。ドラゴンは片翼で
都市の近くにもときどき出現する。ドラゴンが現れると畑仕事もひとりではできないのだからたまったものではない。隙を見せなければ闇雲に襲ってくる魔物ではないが、1対1で襲われると死を覚悟しなくてはならない。
「そういえばドラゴンの血を使って魔法陣を描くと輝きが違うという話を聞いたことがあるな」
「そうなんですか? アラン先生」
おそらく与太話の類であろう。どの生き物の血が良いか?といった研究論文も見たことがあるのだが、極端な性能差は見られないとのことだ。
「まあ、高級な魔法陣のことですから、ドラゴンの血を使っている――などと言えば箔が付くと考えた人はいるかもしれませんね。与太話の類ですよ」
通常1日の行軍は
オートミールと干し肉、ビーツのスープ。食べているうちに日が暮れる。夜になればやることもない。折角だから天体観測をすることとなる。
日没を基準に月の位置を計測する。太陽が天を動く道を
また、北極星を観測し、緯度を求める。南北方向への移動は北極星を観測することで容易に距離を測ることができる。緯度が1度違えば南北方向に
「やはり黄道と白道の交点で日食が起きそうですね」
月を観測しながらアンネ先生がつぶやく。計算での皆既日食の予報と、実際の観測はよく合っていた。今は上弦の月であるが、あと二十日ほど経つと新月の瞬間に日食が起こる。月の満ち欠けがもう一巡すると起こるのだ。
「皆既日食が起こると、そこだけ夜が来たように暗くなるそうです。昼だというのに星が輝いて見えるのだとか。観測しにくい水星もこの時ばかりは簡単に見えるそうですよ」
それは楽しみだ。水星というのは太陽の近くにあるため観測が難しい。角度にして20度程度しか離れない。日没の直後か、夜明け前にしか観測することができないのだ。太陽の視直径が0.5度程度なので、太陽40個分といったところか。
魔法陣のディスプレイを備えた天体観測機器は今日も快調であった。惑星の位置観測などを終えると天幕に入って
「我々は測量を続けます。トロアが見えたときにまだ包囲されてるようなら引き返しますよ」
「何を言っているんだ!! トロアに近づけばエルフに襲撃されるかもしれないのだぞ!!」
「我々は測量隊ですので」
そういって測量隊の隊長ゲーアハルトはその場を立つ。残されたデルメンホルスト軍の面々は呆れ果てていた。
「なんなのだ、あいつらは!」
「レンズブルクのアカデミーは変人ぞろいとは聞くが……」
「こうも非常識だとは……。測量だか観測だか、そんなことがどうしたというのだ」
「隊長、こんなところで引き返したりしませんよね?」
「もちろんだ。我々は測量隊だからな。何においても測量を
測量隊隊長ゲーアハルトは静かに、そして力強く決意を宣言する。測量隊の一同はその決意を受け止め、そして誰一人と異議を唱えるものはいなかった。
デルメンホルスト軍は測量隊と分かれトロアへと急ぐ。測量隊は着実に測量をしつつ、ゆっくりとトロアへと向かっていった。
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