第47話 デルメンホルスト

 測量隊はデルメンホルスト付近までやってきていた。フレデリク・ゴットルプ伯爵領である。ホルシュタイン伯爵とは知己ちきであり同盟関係にある。測量隊が先触れを出すと、デルメンホルストの測量隊がやってきて合流した。


 レンズブルクのアカデミーの評価はすこぶる良い。算術家が集まり、そのレベルは高いと評判である。デルメンホルストの測量隊の隊長フーゴはかつてレンズブルクのアカデミーに留学していたのだという。測量隊の隊長であるゲーアハルトはニコロ先生の弟子であるが、フーゴの留学が終わったのちにアカデミーに入ったので直接の面識はなかった。


「ニコロ先生はご壮健ですか?」

「ええ。あいかわらずですよ」


 デルメンホルストでも文官には領地の計測のために算術を学んでいるものがいるが、レンズブルクのアカデミーのように専門家を集めて大々的に学問をやっているわけではない。そして実地での測量もそう多くはない。レンズブルクの測量隊に随行してデルメンホルスト領内の測量を行い技術供与をうけるというのはまたとないチャンスであった。


「うちの連中は場数が足りてないもんで。よろしくお願いします」


 レンズブルク側も、ならばいっちょ凄いところ見せてやるか、と新兵器を持ち出す。


「これが、うちの最新の測量魔法陣です。ここで左右に10ヤード約9.1m離れた位置で水平版を設置します。そして両端で目標の角度を計測します。これらの値を魔法陣に投入すると距離が出ます」


 ゲーアハルトは測量魔法陣の実演をして見せる。その場で40.72ヤード約37mの数字が魔法陣のディスプレイに表示された。


 おおお~っと歓声があがる。


 余談であるがディスプレイには新たな試みとして小数表示が導入されていた。位取りで1/10、1/100を表すというものである。これは2進数での分数演算の過程で、桁が1/2, 1/4 …… を表すことにヒントを得たものである。


「このように現地で即座に数字を出せるのですが、今のように10ヤード約9.1m程度の幅からの三角測量だと魔法陣に内蔵されている三角関数表が½度刻みであるところがネックになってそれほどの精度はだせません」


「三角関数表が内蔵されているのですか……! こんなに簡単に計算できるとは! ……これは便利すぎて算術の力がむしろ落ちてしまうのでは?」


「はっはっは。まあ現場で数字と格闘していたらそんな心配してる場合じゃありませんよ。これがあると滅茶苦茶仕事がはかどりますからね!」


「素晴らしい……! うちでも導入したいなあ……。この魔法陣おいくらぐらいで買えます?」


 ゲーアハルトはフーゴにそっと耳打ちする。


 リブラ大金貨!? ……で10枚!? 余裕で家が建つ値段じゃないか! ひええ……。


「試してみます?」


 その値段を聞いてしまうとおいそれと触ってよいものか! とびびって臆していると……


「ものは試しですよ、さあさあ」


 おすすめの料理を推すような気やすさでグイグイこられても困る……! 値段聞かなければよかった!


「そちらの若い方、どうですか」

「いいんですか! よろしくお願いします!」


 まてまてまて! お前の給金だと10年かかっても返せない金額なんだぞ! やめてくれー!






 ゴットルプ伯爵領内を3日ほどかけて測量し、測量隊はデルメンホルストへと入った。3日ほど滞在して休息と交流と物資の補給である。


 測量隊の隊長であるゲーアハルトはフーゴに連れられてゴットルプ伯爵と謁見となった。城の中庭で測量魔法陣の実演をしてみせた。ゴットルプ伯爵領内の測量データを献上し、レンズブルクの測量技術と魔法陣は高く評価してもらえた。しかし測量魔法陣の導入となると金額的に即断は避けられてしまう。いざ導入するとなれば魔法陣は何枚か必要になるのだから、予算取りはなかなか大変だろう。


 ゴットルプ伯爵には街道の測量は経済的にも、軍事的にも意義があると理解を示してもらえたが、これが日食の観測のためだという話に至ると


「ホルシュタイン伯爵らしくはあるが……。これほどの観測隊とは……。日食というのは、そこまでするようなものなのか?」


 と呆れられてしまった。デルメンホルストでも部分日食が起こると予想される。日食の予報日を伝え、領民が混乱しないように対処してもらうよう陳情した。




 測量隊がデルメンホルストの街で休暇を楽しんでいる頃、レンズブルクからの使者がデルメンホルストへと到着した。エルフの都市ジュゴルが同じくエルフの都市タンブルに向かって兵を出したという知らせだった。デルメンホルストの首脳陣はこの情報に頭を抱える。


「エルフ同士の領土争いか?」

「あのあたりで揉め事といえば、ポンティニーとモルヴァンがあったか。モルヴァンのエルフがジュゴルとタンブルに援軍を求めたという可能性は?」

「そこまでしてエルフが人族にいくさを仕掛けるなんぞあるだろうか?」

「連中が人族の街を手にしても仕方ありますまい」


 エルフ達の意図がさっぱり読めない。しかし、「軍」がそこにある以上、その周囲はその軍がこちらに向かってくることを警戒しなくてはならない。「軍」にはその力で領土を奪い取る力を持っている。対抗する力を備えておかないと、いざ自分が標的にされていると気づいたときにはすでに手遅れとなってしまう。


「ここからすれば南方のことだ。すぐさまこっちに何かくるということはあるまい。軍をそろえて厳戒態勢とする必要はないだろう。相手の動きを見て、向かってくるようであれば対応できるように備えはしておくように」


 デルメンホルストとしてはまずは静観の構えであった。


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 投稿予約をうっかりしてしまいました……。はっはっは

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