第45話 監視の目

 測量というのは手間のかかるものである。今回の測量は街道の測量である。僻地の測量ではないので道がマシなのは救いか。街道の両側で遠方の目印となるものの向き、つまり角度を精密に測定する。街道を進んで目視できる場所に測量の目印となる棒を立て、この角度も測り、距離を歩測する。歩測というのは要するに歩幅×歩数で距離を測る方法で訓練された人間であればそれなりに正確なものだ。


 移動した点からまた街道の両側の目印の角度を測定する。三角形は1辺の長さとその両端の角度が分かれば全ての辺と角度を求めることができる。つぎつぎと三角形を描いていくことで正確な地形を測ることができるわけだ。


 また今回の測量機器には短距離での三角測量魔法陣が用意されていた。左右に10ヤード程度離れて角度を測れば、200ヤード程度先の目印までの距離を1ヤード以内の精度で計測することができた。手軽ではあるのだが、魔法陣の三角関数表の精度が½単位なので精度はそこに引きずられてこの程度である。より精密に角度を測れば高精度で距離を求められるが、三角関数表の精度0.5度刻みを超えるためには三角関数の値の導出から行わねばならない。魔法陣による即応性は役立つものの、精度を求めた測量となると心もとないところであった。一長一短である。


 魔法陣による計測と、歩測との精度を比較してみたが、200ヤード程度だと良い勝負である。計測の手間でいえば、水平をとるのに気を使ったりする三角測量魔法陣にくらべれば、歩測で200ヤード歩く方が手っ取り早い。平坦路であれば歩測の精度は十分によく、障害物があるなど、歩測での計測がしにくいところでは短距離三角測量魔法陣を活用する形へと落ち着いた。正接タンジェントの90度付近だけで良いから三角関数表を高精度化して欲しいというのが現場からの要望となった。




 観測隊は通常の行軍に比べると非常にゆっくりとしたペースで移動していた。1日に3マイル約4.8kmといったところである。ポンティニーまでは120マイル約193kmほどあると言われており、単純計算では40日、休息日などを考えると50日といったところだろうか。


 そして数日経ったころからどうも監視されているようだということに気づく。


「今日もか……。ご苦労なこったな」

「どうしますか? 隊長」


 街道は都市の支配領域を超えて伸びている。都市間の街道は無主の地であった。ゆえに、人族のみならずあらゆる種族が街道を用い、またその独占を許さない。街道で人族が何やらやっているぞ、となれば多種族の監視がつくぐらいは仕方のないことと言えよう。


「遠巻きに見ているだけなら捨て置け」


 今のところ実害はない。とはいえ向こうから手出しされないように警戒はしておかねばならんだろう。






「お頭、あいつら、いったい何をしてるんでしょうね?」

「さぁな。俺たちはレンズブルクの連中を監視して報告してりゃいいんだ」


 レンズブルク軍とやらの行軍はえらくゆっくりだった。普通に進めば倍は進めるだろうに旗を立ててなにやら叫んでいる。なにか罠でも仕掛けてるのか? とも思って連中が過ぎた後に調べてみたりもしたが、そういうわけでもなさそうだ。


 堂々とレンズブルクの紋章を掲げて行軍しているあたり、示威行動なのだろう。俺たちのような連中が追いつきやすいようにわざとゆっくり進んでるんじゃねぇだろうな!?


 日々連中の動きを監視して、その位置を記録していく。数日分まとまったところで馬を出す。もうかれこれ10日は経つ。中間報告も2度出した。今日も連中はのんびりとデルメンホルストへの街道を進む。


 監視してるのは俺たちだけじゃねえな。あっちのやつらと、こっちのやつらと……。他にもふたつほどか。どこの連中だか知らねえが、監視役なんてのは秘密抱えてる奴らだからな。下手に近寄ったら揉め事になるに決まってる。死人に口無し、言えないことがある連中は下手なタイミングで話しかけただけで口封じしようとしてくるかもしれん。近づくもんじゃねえ。向こうから近づいてこられても困るがよ。夜の監視が面倒でいけねえ。



 その日の夜、お隣さんが妙に騒がしい。喧嘩でもしてんのか? いや、闇に紛れてがさごそと近づいてくる奴がいやがる……。やめてくれよな。レンズブルク軍の連中が嫌がらせにでも来たか……? いや、連中じゃねえな。 それとも、よその監視連中が嫌がらせに来たか?


「嫌がらせしてどうするってんだよ、まったく。お互い不干渉でいこうぜ……」


 そうボヤいて藪の向こうを改める。そこにいたのは……


「熊だ!! おい、てめえら、起きろ!!」


「ひぇっ! お、お、おかしらぁ……」

「情けねえ声出すんじゃねえ、牽制しろ!」


 がんがんと鍋を鳴らしてたきぎをふりまわす。


「おらぁ! あっちいけ!」


 ちくしょうめ。なんでこんな目にあわにゃいかんのだ! これもみんなあいつらのせいだ! レンズブルクの連中はなにしてんだよ、まったく!






「隊長、なんだか騒がしいですね」

「監視の連中が騒いでるな。喧嘩でもしてんのか?」


 熊だ――!


 遠くからそんな声が聞こえてくる。


「おい、叩き起こせ! 警戒態勢!」

「はっ!!」


 監視の奴らが鬱陶しいとはいえ、積極的に攻撃して刺激するわけにもいかないと思っていたが。よりによって熊か! 傑作だな。これで連中が散ってくれればすっきりするんだがな。


「隊長、揃いました!」


 おっといかん、いかん。測量隊を守るのが俺たちの仕事だ。


「監視の連中から熊が出たという叫び声があがっている。こちらにも熊がくるかもしれん。警戒態勢をとれ!!」

「「「はっ!!」」」


 熊はもう一組べつのところに行ったようだ。違うところからまた怒声があがる。夜が明けたら様子ぐらい見に行ってやるか。

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