第44話 測量隊

 測量隊という名の先遣隊が出立した。


 レンズブルクからゴットルプ伯爵領デルメンホルストを経由してポンティニーまでを測量する。日食の観測のための科学調査という側面と、地図の精度向上のためのデータとして用いる軍事的な側面がある。ゴットルプ伯爵とは同盟関係にあり、ゴットルプ伯爵領内での測量は揉めることなく許可された。ゴットルプ伯爵領内ではゴットルプ伯爵側からの測量技師と目付の役人が同行する。ゴットルプ伯爵側からも資金提供がされるが、技術供与の見返りという風情である。


 科学調査隊ではあるが、軍が同行する。道中での安全確保という理由も強いが、野営を含め自立して活動することができるのは軍ならではだ。軍側でも測量技術は必要で、その技術供与のための交流も兼ねている。


「君たちの測量は今後のレンズブルクの文化発展に寄与することだろう!」


 出発式ではホルシュタイン伯爵が檄を飛ばす。はたしてレンズブルク市民に見送られて測量隊は出発した。





 ジュゴルのエルフ達は慌てた。


 ここのところ暗号文の解読はできておらず、人族の情報は断片的にしか入手できていない。年明け前から人族の手紙は解読不能な――新暗号なのだか撹乱情報なのか分からない――ものになっていた。


 地理的要因からジュゴルはエルフの連合にくみして大々的に戦争をやる度胸はなかった。ジュゴルの森林はレンズブルクとその隣、メクレンブルク公領シュヴェリーンの間に位置する。森林がエルフに有利な地形ではあるが、二国を相手取って籠城をするのはリスクが大きすぎる。そこまでして足止めしたところで、モルヴァンを筆頭とするエルフ連合がポンティニー包囲を完成させ、さらに援軍をよこすのを待つなどというのは、そのあまりの労力・リスクに対して、報酬が割に合わない。


 もちろん、エルフ連合がポンティニー包囲を成功させ、大帝国を作ることとなれば、その勝馬に乗りたい。協力しました、というポーズは大事である。少なくともレンズブルクがしたという情報は伝えねばならない。交易商人から得た情報では「測量隊」という名目だそうだが、そんな偽装にもならない偽装、誰が信じるというのだ。その「測量隊」はまず西方に向かいデルメンホルストを経由してポンティニーに向かうのだという。


「ポンティニーの援軍要請にレンズブルクが応えたか。デルメンホルストを経由するということは、おそらくデルメンホルストも派兵するのだろう。連合軍をポンティニーに送るとみて間違いない……」


 どこで情報が漏れたのか? あの解読不能な手紙の山はやはり暗号通信だということか……? 軍の進みは遅い。早馬は間違いなくエルフ連合に先に情報を伝えることだろう。そこで稼げる時間はどれほどだ? ポンティニー包囲作戦は援軍が来るまでのタイムリミットを課せられたのだ。


 ポンティニー包囲作戦はそう悪くない作戦だと思っていた。成算は十分にあると考えている。そして、成功して欲しい。ついでにいくらか手柄を得て、ジュゴルの立場がその大帝国で良いものとなればなお良い。


 レンズブルクが派兵した部隊はそれほどの規模ではない。デルメンホルストがどれほどの数を出すかは分からないが……。ジュゴルからも派兵してポンティニー手前でタンブルのエルフ達と合同で遅滞防衛に努めれば、ポンティニー包囲作戦は成立する。成算は十分にある。正面切って戦争を吹っ掛ければ外交的立場は危ういが、義勇兵のようなていでタンブルに手を貸そう。人族に我が軍をアピールする必要はない。エルフ内で戦果をアピールできれば良いのだ。


「急げ! 派兵の準備だ!」


 連中がデルメンホルストでゆっくりしてくれれば十分に先を越せるはずだ。






 レンズブルクの人族は慌てた。


 エルフ領のジュゴルは中立的な都市であった。木材の輸入や、食料の輸出でいくらかのやりとりはあったが、領有権をめぐるようなトラブルもなく無害な隣人ぐらいに思っていたのだが。突然の派兵である。どうやら行き先はタンブルのようだ。タンブル湖を中心とした森林地帯でエルフの都市がある。規模からしてもまさかタンブルを侵略するための派兵ではあるまい。この時期にタンブルに兵を送る理由が判然としなかった。


「エルフ達の権力争いでも起きているのか?」

「要人警護といったものではないのか?」

「ジュゴルに出入りする商人たちが聞いた噂では軍事演習だという話ですが……」

「流石に欺瞞情報だろう。タンブルで何かあるのかもしれないし、タンブルと何かするのかもしれない。周辺に情報を送っておくんだ。何が起きるか分からんぞ」


 ホルシュタイン伯爵は苦々しい表情であった。日食のためにポンティニーに行こうとしている伯爵だけに、外交上の不測の事態は勘弁してもらいたいものだ。タンブルはポンティニーへの道中に付近を通ることになる。安全のために随伴する軍を増やさねばなるまい。


 先に出た測量隊にも注意喚起せねばなるまい。まだ測量はデルメンホルストまで辿り着いていない頃だろう。デルメンホルストまで使節を送り、ゴットルプ伯爵の協力を仰ぐことにしよう。大事にならなければ良いのだが。

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