第43話 観測装置
「どうですか、アンネ先生」
天文学者のアンネ先生の研究室に来ていた。魔法陣を用いた観測機器の改良成果を確認してもらうためである。
「素晴らしいです! 目盛りを読むためにいちいち明かりをもってきたり隠したり、大変だったんですよ」
星の観測を行う場合、筒を通して目視で星の向きに合わせる。台座には分度器を設置しておき、その目盛りを読み取る。暗がりで目盛りを目視で読み取るのは難しい。効率的な観測を行うために魔法陣を活用できないか? と考えたわけだ。計測機器に魔法陣を用いた例といえば、ニコロ先生の落体の法則を見出す際に用いた計測器がある。斜面を転がる物体の位置を、脈拍を基準に記録するものだった。
今回の仕組みは単純で、目盛りに魔導インクを用いて、合致する部分を導通させディスプレイに映し出すものである。目盛りには工夫があり、目盛りの1/10を正確に読み取れる。目盛りを1/10刻みにすることは密度的に難しいが、これには11/10 の幅の目盛りを用意することで対応をした。メインの目盛りと11/10の目盛りは当然ズレが生じるわけだが、ある部分で線が繋がる。この繋がった部分が3番目なら3/10、5番目なら5/10というわけだ。どこかで1/10単位で目盛りを読むことができるのである。
目盛りを読んだり、記録したりするには明かりが必要だが、明かりを見ていると目が明るさに慣れてしまい、星が見えなくなる。星が見やすいように明かりを消していると記録ができない。妙なジレンマがある。その点、魔法陣であれば魔力を通すだけなので簡単だ。本当はその数値をそのまま記憶装置に記録出来たらよいのだが、記憶装置は容量的に心もとないので採用は見送った。記録は人力に頼るのだが魔導導線による配線で離れた場所でディスプレイに表示することができる。屋内まで配線を伸ばすことで、観測用の暗い空間と、記録係のための明かりある部屋とを分けることができるようになった。
天体の観測機器の他、測量機器も揃えられた。暦魔法陣はレンズブルクを基準にしているため、観測値の緯度経度のぶんを補正しなくてはならない。緯度は測れても経度を測ることは困難で、測量によって東西方向の距離を計測し、大地の大きさをもとに経度を算出するのである。
測量機器は未だ従来のものであった。三角関数表の魔法陣の
「アラン先生! 三角関数表の試し刷りを持ってきました!!」
印刷技師のマリエッタ先生だ。先日、彫金師がふたり配属され、魔法陣の凹版印刷原版の作成が急ピッチで進められていた。三角関数表は½度刻みで正弦・余弦・正接を予め計算しておいたものである。百を超える定数を、分数で
凹版印刷は精緻な印刷ができることがポイントである。もともと魔法陣は精緻な線で描かれる。線がかすれれば魔力がうまく通らなくて機能しないし、線が隣の線とつながって短絡してしまっても機能しない。
小さな魔法陣であれば印刷しやすい。印刷ミスも出にくいし、検品も簡単である。ところが、大きなものとなると印刷ミスが増えてくる。
マリエッタが持ってきた10枚の試し刷りは、見たところ明かな問題はみつからない。しかし、三角関数表の100を超える定数全てが正しく出力されるかを確認するのは容易ではなかった。いや、人力でこれを描くことを思えば、やることが検品だけになってると思えば相当な省力化である。
興味本位に集まってきた院生をつかまえて人海戦術で検品を行う。とても地味な作業である。
「検品をやってくれる魔法陣とかないもんですかねえ……」
「どうやって……?」
与太話をしつつも手を動かして検品を進める。
「あ、おかしいところ発見しました」
「どれどれ……」
32½度の正弦のときの値が正しくない。該当箇所の魔導回路を確認すると印刷がかすれている。
「ここだな」
魔導インクでかすれた回路を加筆修正する。該当箇所の確認を済ませると続きの確認だ。
「もうひとつ、おかしいところがありました」
「どれどれ……」
今度は12度の余弦だ。該当箇所の魔導回路は……
「うわっ。回路が
線が途切れているものは加筆して繋げることができるが、離れているべき線が繋がっている場合は修正ができない。これが羊皮紙なら削って修正することも可能なのだが、これは紙であった。
「ここまで確認して途中修正も入れたのに……!」
ご破算である。そもそも三角関数の魔法陣なんて高級品なんだから最初から羊皮紙で印刷しておけばよかったのでは……?
「ストップ、ストップ! 羊皮紙に印刷してやり直そう。紙への印刷じゃ、検品の手間が勿体ない!」
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