第41話 一撃必殺

 レンズブルク城塞都市の城壁外、休耕地にて軍事訓練が行われていた。この日はホルスタイン伯爵も視察に訪れている。貴族というのは都市の防衛を担う故に徴税を行うことができると言える。ホルシュタイン伯爵も貴族として軍事を疎かにするわけにはいかない。軍備を整えることもまた伯爵の仕事のひとつであった。


 都市の防衛という仕事を放棄すればかつての領民であっても敵に回る。防衛してくれるというから納税していたというのに、いざとなったら逃げ出すとは何事だ、詐欺ではないか、詐取ではないか、というわけである。


 領民としては下手な領主に詐取され続けるぐらいであれば、いっそ上がげ替わってくれた方がマシというものである。籠城しているはずが、なぜか城門の締め忘れがあって陥落した、などという事件がおきないとも限らない。貴族も絶対的な権力を握っているわけではない。故に楽なものではなく、領主としての義務を果たし、都市を守り、都市を発展させなければ、領民に吊し上げられることさえあった。


 その点、ホルシュタイン伯爵は領民からの信頼が厚い。レンズブルク市は発展著しく、経済力を背景に、城壁は厚く高くそびえる。拡張は今でも続いており、第四街区をつくるべく新たな城壁の建築計画も現在進行形で進んでいるところである。そのレンズブルク市の発展の背景にはアカデミーがあり、文化の発展に一役買っている。


 そんな、レンズブルクのアカデミーの研究員たちも、軍事訓練の視察に訪れていた。


「壮観ですね」


 整然と隊列を組む兵士を見て感嘆の声を上げたのは魔術師アラン・トゥルニエである。紅白に分かれて隊列を組み、軍を動かし模擬戦を行っている。隊列が一糸乱れぬ動きで形を変え、衝突するその様は凄まじい迫力であった。怒声が響き渡り、あの矢面に立ったら自分なら逃げ出してしまうだろうな、などと詮無き事を考える。軍人は軍人、魔術師は魔術師である。


 もっとも、物見遊山で魔術師が軍事訓練を見ているわけではない。なぜここに来ているかと言えば投石機カタパルトの弾道学の実証試験である。となれば、当然あのお方も同席していた。


「アラン君!クラウス君!今日は楽しみだねえ!」


算術家ニコロ・フローリオ御大である。魔法陣を用いて斜面を転がる玉の運動の記録を取り、落体の法則を明らかにした偉大なる算術家である。ニコロ先生とアラン研究室の助手クラウスの共同研究で投石機カタパルトの弾道を計算し狙いを定める魔法陣を開発していた。今日の訓練ではその成果を披露するわけである。


 兵士同士のぶつかり合いがひと段落すると、いよいよ投石機カタパルトである。ホルシュタイン伯爵は魔法陣の責任者であるクラウスに解説を求めた。


「僭越ながら、今回の新魔法陣の概要を説明させていただきます。」


 緊張気味に話すクラウスをアラン・トゥルニエはにやにやと眺めていた。クラウスはアランの助手という立場ではあるが、言うなれば筆頭魔術師のアランに次いで第二の地位にある実力者である。しかし、こうした場で矢面に立つような場数を踏んでいない。そうした舞台はアランが引き受けることが多かったわけだが、これも良い機会だ、とアランはクラウスの雄姿を見守っていた。


「従来、投石機カタパルトの飛距離というのは、勘に頼るところが大きかったわけですが、ニコロ先生の研究により、物体が飛ぶ際の弾道、飛距離に法則性が見出されました。しかし、この計算は複雑ですので、これをより簡易に、素早く行えるようにしたのが今回の魔法陣となります」


 投石機カタパルトというのは、持ち運ぶものではなく、攻城戦に際して前線の少し後ろ、現地で木材を加工して作られる。動物の腱などをバネとして用いるのだが、木材の構造体は現地調達である。今回の演習ではその組み立てから始まる。素早く組み立てられた投石機カタパルトには、その左右に三角測量用の装置が据え付けられる。これは魔法陣の一部であり、三角測量によって目標への距離を算出するためのものだ。そして水平器。水面を用いて発射点から目標地点の高さの違いを観測する。


 最初の試射が行われる。投射する石の重さを測り、射出。着地点を測量し、この投石機カタパルトでの投射距離がどのぐらいになるかの基準を得る。こうして較正キャリブレーションが完了すると、いよいよ本番である。


「従来、投石機カタパルトの命中率というのは低いもので、攻城戦においては死体や汚物などを場内に投げ入れる嫌がらせハラスメントとして用いられ、石を投げた場合には、直撃すれば致命傷ではあるものの、特定の建造物をピンポイントに狙えるようなものではありませんでした。」


 なんせ、飛ばしたものがどのような軌道で飛ぶのか、そうした法則が未解明だったのだから、勘で飛ばして当たればラッキーぐらいのものであった。そうはいっても、一抱えある石が空から飛んでくれば、人間に直撃すれば即死である。嫌がらせとしては相応に効果があり、敵も石が降る中ではびびって活動が萎縮する。攻城戦ではとりあえず石を飛ばしておけ、というものであった。


「今回、新開発の三角関数を演算できる魔法陣を用いて三角測量を行い目標地点の距離を導き出します。そのうえで、ニコロ先生の解き明かした弾道の法則を元に、投射角、弾となる石の重さを調整して目標点に近くなるように調整します」


 この日のために訓練を重ねてきた兵士たちの動きは機敏であった。目標点の測量から魔法陣を用いての演算、狙いの補正までがつつがなく行われる。


 三角関数表の魔法陣は実のところまだひとつしか存在しない。三角関数表を魔法陣で表現するのは労力として大きく、試作した1枚がいまのところ現存する唯一の三角関数魔法陣である。そのため、訓練に用いていた魔法陣も、この演習で用いている魔法陣も一品もので、いまのところ替えがない。


 印刷のために彫金師に依頼をしてはいるものの、量産化のめどはまだ立っていない。それでも、ホルシュタイン伯爵責任者へのプレゼンテーションのために、この唯一の三角関数表と、測量魔法陣、弾道計算魔法陣を用いた投石機カタパルトの精密射撃演習は行われてきた。今日はその成果を見せるときである。


 目標点となる場所に建てられた旗を投石機カタパルトに据え付けられた測量機で計測する。


「測量ヨシッ!」


 ビシッと指さし確認がされる。


「投射角調整43½度、ヨシッ!」


 弾となる石がセットされ、いよいよ投射である。


「発射!!」


 ガンッと音を響かせ石か空を舞う。人力では3人がかりにもなる石の重さは180ポンド約82kgにもなる。そんなものが、天高く飛ぶのだから恐ろしい。


 皆がかたずをのんで見守る中、宙を舞った石は、目標点の旗からわずかに手前の地点に着弾した。


 おおおおお!!


 沸き上がる歓声。計測班が駆け寄り、旗との距離を測る。


3ヤード約2.7m!!」


 その報告を聞いて、一段と大きな歓声が上がる。


「よくやった!! クラウス君!!」


 ニコロ先生の歓喜あふれる声が聞こえる。


「素晴らしい! 投石機カタパルトが精度よく狙えるなどというのは前代未聞ではないか!! アラン君! はやくこれを量産してくれたまえ!」


 伯爵も大興奮であった。伯爵に彫金師の試作が良好であることを伝える。演算魔法陣を凹版印刷にすることができれば、その後にでも三角関数表に取りかからせましょう、などと約束する。当の本人である彫金師たちの意向を聞かぬまま、仕事の優先順位は定められてしまうのであった。

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