第34話 製本
古代キティラ共和国の驚愕すべき遺物、歯車による暦の機械を、現代の知識と魔法陣の技術により再現しようというプロジェクトは佳境を迎えていた。
この魔法陣は複数の魔法陣を繋ぎ合わせ、巨大なひとつの魔法陣、すなわち魔法書となる。各ページが作られ、組み合わせようというところまで漕ぎつけていた。素人はここでもう出来たものだと考えてしまうだろうが、そう話は簡単ではない。
まずは、各ページの魔法陣が想定通り正しく動くかを確認する。ダメな部品を正しく据え付けても、全体としては正しく動かないのは分かるだろう? まずはパーツが正しく作られているかを確認しなくてはならない。これを怠ると、まず組み立てて全体の動作確認をしようとして動かず、どのページが問題があるかを探し、本をばらして修正してまた組み立てる、という無駄な苦労をするのである。再び組み立てて動かそうとしたらまた別の場所に不具合がみつかって、またばらして……とかやってたら阿呆らしいだろう?
大きめの魔法陣を作る場合のコツは、機能のまとまりごとに魔法陣を動かして正しく動くか確認を行うことである。入門者は全部を組み上げてから一気に動作確認をしようとしがちだ。慌てず確実に一歩一歩すすめること。そのためにも、うまく機能ごとにパーツを分けることが大事だ。
暦では日付の計算をする魔導回路や、太陽の動きを計算する魔導回路、月の動きを計算する魔導回路など、いくつもの回路が存在している。これらはページで分けられ、独立した構造をもっている。もし、魔導導線の引き方が整理されず、複数の機能が配線でごちゃごちゃに癒着してしまっていると、機能単体での動作をさせることができない。
こうしたスパゲッティのように絡まった
「よし、問題なしだな」
各ページの動作確認は各ページを仕上げる時に行っている。組み立て前の段階で改めて確認したが問題はなさそうだ。
ページとページをつなぐ配線は
本を綴じるには古典的なリンクステッチという技法を用いる。一般的には4枚を二つ折りにして折り目に4か所孔をあける。折り目に孔を空けるので1枚の羊皮紙としてみた場合には中央に孔があるかたちになる。この穴に糸を通してかがる。次の一折を前の一折の糸と絡ませながら結んでいく。
ところが、魔法陣の場合、魔導インクの文様を魔力が通ることになるのだが、2枚の魔法陣を重ねると接触面で魔力が
というわけで、次の工程は2枚一組の折を作って、その2枚の間の結合部分に魔導導線を張り、できた折の状態で動作確認だ。こうした工程ごとの確認を省くと、トラブルが起きたときにどの工程まで大丈夫だったかがわからなくなる。すると、ひとつ戻ってやり直し、とはならず、最初からやり直しとなってしまう。急がば回れである。
「最後は一気にやるしかないか……」
魔法陣を描いた羊皮紙は22枚に及んだ。2枚一組で11折となる。この11折をリンクステッチでまとめて製本し、魔法陣間を繋ぐ魔導導線を張らなくてはならない。
このように魔術師の魔法陣の作成というのは非常に地味なものであった。おとぎ話では魔法使いが戦闘中に
そんな地味な作業の中で、ひときわ華々しいのは組み立てたものを始動させる瞬間かもしれない。
「よし。起動試験だ。魔力注入……」
最初のページに描かれた魔力注入部に手のひらを乗せる。今日の日付を入力すると、月齢は
暦の出力を確認する。月の満ち欠けは約
さらに、今年は閏月が入って
そして、食の予報。サロス周期から導き出した日食の予報は約半年後であった。これは天文学者のアンネ先生に確認をとらねばならない。月食はさらにその半月後である。日食と月食はペアで起こることが多い。いずれも大地と太陽、月が一直線に並んだ際に起きるわけだが、一直線になる軌道のとき、日食が起こると、その半月後には月は反対側に回って今度は月食をひきおこすわけだ。
ひとまず動作はする。ただし、その計算が正しいかの確認が取れるまでは喜べない。そもそも動かないといった分かりやすい誤りは、誤りであることが分かりやすいからすぐに気づくことができる。厄介なのは一見して動いてるように見えて計算結果が違うような誤りだ。だから、まだだ。浮かれるな、まだ、終わりじゃない。
そう自分に言い聞かせながらアンネ先生の研究室へと向かおうとして机にあった小刀をひっかけて落とす。
「危なっ!」
からん、からん。冷や汗が頬を伝う。セーフ。無事だ、けがはない。ここで魔法書を血みどろにしてなるものか。
「大丈夫でしたか、アラン先生?」
「ああ、大丈夫だ……。大丈夫」
大きく深呼吸する。
「アンネ研究室に行ってくる」
そう言い残すと部屋を出た。
「アラン先生、浮かれてたな」
「アレがいよいよ完成ともなれば仕方ないさ」
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単体テストと結合テストの話でした。モノを作るという作業は本当に地味です。地味で地味でしょうがない。ず~っと続く地味な作業はすっとばして、成功だの失敗だの、目につきやすいところだけ見られてしまうというのがモノづくりの辛いところでしょうか。
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