第31話 勇者降臨祭
年の瀬も迫り、街は勇者降臨祭の準備が進められていた。今から1500年ほどの昔に神の導きにより勇者が召喚されたとされる。勇者は17歳の黒髪の東洋風の青年で馬小屋に召喚されたと伝えられる。東方の
古代ロマリアの支配下にあったユダエア属州の王ヘロデは猜疑心の強い王で、勇者が自らの地位を脅かす存在になることを恐れ、領内の17歳の黒髪の男子を根絶やしにせよとのお触れを出すが、勇者は少女に扮してユダエア属州を脱出する。
勇者は神より与えられた力で数々の奇跡を起こし、人々を助け、魔王を討ち、世界に救いをもたらし、神の国へと帰ったと伝わる。魔王というのは当時ロマリアと対立していたリザードマンの王のことだと言われる。勇者降臨の地は聖地として勇者を祀っている。
勇者降臨の日には各地でも礼拝が行われる。司祭によって勇者の物語が語られる。勇者は異国の少年であったため、言葉にはずいぶんと不自由したようだ。勇者が神の国について語った内容は言葉の未習熟なこともあり要領を得ない。曰く、空を飛ぶ船であるとか、馬なしで走る金属の荷馬車だとか。それらからは
勇者が降臨していたのは1年ほどの間だが、馬術に秀で、
当の勇者の人柄は、普段はおとなしく、未目麗しく女性のようにも見えたと伝わる。しかし、戦となれば勇猛果敢に戦った。その体躯からは信じがたい怪力であったと言われる。大のお風呂好きで潔癖症であったとの逸話もあり、偏食で焼いた肉・魚をよく食べたそうだが、麦も野菜もフルーツもあまり好きではなかったらしい。勇者降臨祭では勇者にちなんでみな肉や魚を食べたがる。だが、そもそも肉や魚というのは高価なので、どうにか蓄えてこの日に食べる干し肉を確保しておくというのが庶民の精一杯であった。
勇者降臨祭が終わると7日で年末である。そして年が明けて6日に勇者の帰還祭が行われる。勇者降臨祭から帰還祭までは家族でのんびり過ごすというのが習わしである。農村は
アカデミーはといえば、伯爵領の各地から集まってきた学生は田舎へと帰り、帰るには遠すぎる者は寮に残り、研究に打ち込むでもなくのんびりと過ごしているようであった。食堂に赴くとその一角で学生たちは普段の学問とは違った話で盛り上がっている。
「勇者の文献はいろいろあるのですが、正典とされる勇者録といっても、成立年代は1世紀から2世紀とされ、勇者が帰還してから100年~200年は経っているようなんですよ」
「勇者録は27編の福音書からなるわけだけど、筆者が違う。書かれた時期も違う。勇者と関りがあった人の直接の記録ではなく、そうした人達の関係者が又聞きで逸話を残しているものが多い。典拠によって信頼度が変わるというのはあるだろうね」
資料として持ってきたのであろう、アカデミーの図書館の本が積まれていた。本は高価で庶民には縁がない代物である。まずもって字が読めないと意味がないというのもあるが。こうして本を読んで論じられるというのはアカデミーならではで、彼らこそがレンズブルクの知識層なのであった。
「馬はなく油を燃やして走る鉄の馬車、という記述はいくつかの福音書に見られるんだよ。1クォートほどの油で10マイルのを走ることができた、その速さは全力で駆ける馬よりも速い、とある」
「しかし、油を燃やしたところで馬車が動くほどの力になるとは思えないがなあ」
「勇者の語ったとされる神の国の話は荒唐無稽すぎて実現性があるとは思えないところだが」
「遠くに離れた人の姿を写す板の話とかな」
「しかし、
「1500年前に銃について語っていたならロマンがあるけどもな」
いささか不敬ではあるが、こんな話に花を咲かせているというのはいかにもアカデミーらしい光景だ。
「アラン先生はどう思います? 魔法陣で実現できそうなものとかありませんか?」
遠巻きに見ていたが、不意に話を振られる。うちの研究室の
「人の姿を写す板とかは作れるかもしれないな」
「どうやってですか?」
「タイルで人の絵を描いたものとかあるだろう? 魔法陣に魔力を流すと淡く光るから、タイル状にした魔導インクに制御された魔力を流せば絵にはなるかもしれないな」
おおー、と感嘆の声が上がる。
「さすがアラン先生。試してみたことあるんですか?」
「いや、思い付きだが……。ヘンリック君、君の研究テーマにしたらいいんじゃないか。私は私で手いっぱいでね」
だいたい、君たちは勇者降臨祭を明日に控えているというのに何をやっているんだ? 上京してきたひとり身の学生には居場所がない? それはまあそうかもしれないが。
「アラン先生だってそうじゃないですか。カロリング王国の出でしたっけ?」
「カロリングは遠すぎてな……」
研究員だと天文学のアンネ先生はレンズブルクの北方、比較的近いところの出身なので帰省している。算術家のニコロ先生は南方の人だし、印刷技師のマリエッタ先生も遠方から招致されてきたわけで、研究員は遠方の人間が多い。遠方組からすればアカデミーはある種の共同体で家のようなものかもしれないな。
「わかった。遠方からアカデミーに来ていればアカデミーで勇者降臨祭から帰還祭まで過ごすより仕方ない。今年は諸君らと降臨祭をやるしかないな。私が金を出そう。肉を買ってきてくれ」
うおおおぉぉぉ!! 肉だー! アラン先生最高―!!
食堂のコックに肉を差し入れることを話し了承してもらう。ソリドゥス金貨をヘンリックに手渡すと、盗まれないようにみんなで行け、荷物持ちもいるだろう、買えるだけ買ってこいと市場へと送り出す。十名余りが笑顔で市場へと向かっていった。
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古代世界に現代知識をもっていったところで、道具がない、材料がない、情報がない、伝手がない、金がない。知識があることと、それを再現して実用化することの間には大きな壁があると思うんですよね。工学系学生とかじゃないと厳しそう。工学の世界はなんて厳しいんだ。
勇者は乗馬の心得があったようです。何軒君なんでしょうか。いや、キャラの方向性が違いますね。
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