第28話 魔石の交点

 魔石の基礎研究についてはジークリット君が進めていた。

「環状の魔石に魔力導線を巻いた場合、右巻きか左巻きかで魔石がなんらかの状態を持ちます。この状態Xについてはプラス・マイナスがあるのではないかと考えています。魔力の流れる向きでプラスからマイナス、マイナスからプラスへと反転するようです」


 いろんなパターンで魔力を流した場合の諸現象について説明を受ける。それらを総合して説明できる仮説が、魔石の状態Xがプラス・マイナスの値を持つだろうというものである。


「流す魔力の量によって、状態Xが反転した際に発生する誘導魔力も強くなるので、状態Xは強さを持つことも分かります。ただ、単純な比例にはなっていなくて、少なくとも0付近に壁があるみたいです。ある強さ以下の魔力では状態Xに変化がありません」


 ジークリット君はパピルス安物の紙に図を書きながら話を続ける。


「魔石の環に魔力導線を2本通したような場合、2本の導線に流れた魔力の合計が閾値しきいちを超えるかどうかで状態Xが変わります。ここでちょっとしたアイデアなんですけども、魔力導線をこう井型に配線して、その交点に魔石の環を置くんですよ。それで、縦と横から魔力を流すと、その交点だけの状態Xを変えれるんです」


「ちょっとまて。それはつまり……」


「はい。記憶する位置を縦横の座標で表せるんですよ! 状態X+と状態X-の切り替えは縦横の導線の魔力を流す向きで変えれます」


 フラッグが沢山あったとして、どのフラッグを変更するのか?という回路は簡単ではない。例えば10個のフラグがあったとして、1番から10番と名付けたとする。5番のフラグを立てろ、という動きをしたい場合、信号をどうにかして5番の記憶回路に届けなければならない。10個のフラグがあった場合に、少なくとも10本は配線が必要だし、8×8=64個のフラグだとすれば配線は64本必要だ。


 それが8本の縦の位置を表す配線と、8本の横の位置を表す配線の16本で制御できる、と彼女は言っている。n個のフラッグに配線するのにn本の配線が必要だったものが、2√n本で済むのだという。256個のフラグなら32本、65536個のフラグなら512本の配線だ。6万本も線を引くなどというのはスペース的にもやってられないが、512本なら羊皮紙1枚に収まりそうなレベルである。


「そして、状態Xが+か-かを読み取るための線をもう一本通しておいて、状態を見たい位置の状態Xを+にするように魔力を流します。もともと状態X+だった場合はなにも起きませんが、状態X-だった場合は状態がX+に変わって、同時に読み取り線に魔力信号が流れてきます」


「しかし、それでは状態X-のときは状態X+に変わってしまうじゃないか」


「はい。なので、読み取り線に信号が来た場合は、さらに状態X-に書き直す信号を送ります。状態の書き戻しが面倒ですけど、これで記憶装置にならないでしょうか」


 なんだ? なんだ? なんだ? これはなんだ? 想定外にとんでもないものが出てきたぞ。情報を記憶しておける記憶回路フリップフロップといってもひとつひとつのフラッグをどう管理するかということを考えていたというのに、突然現れたこれはまさしく大量に情報を記憶する装置になりうる。本当か? そんなうまい話があるのか? なんだ? なんだ? これはなんだ?


「アラン、先生?」

「ああっ。すまない、ジークリット君。考え事をしていた。正直、驚いている。これはとんでもないことになりそうだ。えー。ちょっと私も混乱していてね。おそらく、凄い何か、だ。まだよくわかっていないのだが」


 ごくり、とつばを飲み込む。こうした、画期的なものは安易に飛びついてはいけない。おちついて、正体を見極めなければ。おちつけ。おちつくんだ。


クラウス君助手にも意見を聞いてみよう。クラウス君~!」

「なんですか? アラン先生」


 助手のクラウス君を呼んでジークリット君再び説明してもらう。クラウス君にも意見を聞いてみたいところだが……。


「ええ!? マジですか? ええ!?」

 語彙力を失ってしまったようだ。我々の様子が尋常ではないのでジークリット君が不安そうにしている。あれは、また私何かやっちゃいました? という顔だ。


「交点にデータを読み書きするというのは画期的なアイデアだと思う。これを例えば……8×8の大きさにしたとすると64個ものフラッグが管理できることになる。16×16の大きさなら256個、256×256なら65536個」

「この機構だけ独立させて流用できませんかね?」

「揮発しない記憶装置だからなあ……。これが大型化したら凄いことになるんじゃないか?」

 夢が広がるところだが、夢心地過ぎてやや現実感がない。


「よし。これはジークリット式魔石コア記憶装置メモリと名付けよう」

「偉業ですね。ジークリット君」

「へ? ええ!?」

「試験的に8×8の大きさで、書き戻しまで備えた形に仕上げれないかな?」

「記憶位置は縦8横8だから2進数で6桁あれば表せますね.。書き込みのデータもつけてフラッグ7個を送る感じですかね」

「こんだけの大きさがあったら数字そのものを記憶できるんじゃないか?」

「計算結果がそのまま記憶できたりしますねえ」

「装置をつくる労力はどれほどだろうね?」

「この魔石と魔力導線の編み物がどうなりますかね。いっそ服飾ギルドにやってもらえたりしないですかね?」

「そうか。それはいいかもしれないな。伯爵に伝手を当たってもらうか」


魔法陣の世界が大きく変わり始めた瞬間であったが、当のジークリット君は相変わらず状況を理解できてはいなかった。


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 磁気コアメモリの登場です。史実のコンピュータでは半導体が登場する前の時代に一世を風靡したようです。

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