第21話 密談

「ポンティニーからの密書を手に入れました。」

「解読は?」

「済んでおります。賢人キンディーの秘術をもってすれば連中の暗号などなんのことはございませぬ。軍事行動に出るための援軍、ないし支援を求めるとのことです。」

いくさになるか」

「いずれは。しかし、向こうはまだなんの準備もできていない様子。先手を取ればポンティニーを手中に収めることは容易いのでは?」

「大義が必要なのだよ。やつらとて一枚岩ではない。下手につついて一致団結されては困る。我らとて、連中全てを敵に回したいわけではない。」

「御意に」

「その他、何か情報は掴めておるか?」

「人を張り付かせておりますが、なかなか文を奪うのは容易ではありません。先日、ポンティニーからの密書を運んでいた行商人を攫って尋問したのですが、あれはただの運び屋ですね。密書は蝋封がされておりました。文の中だけ覗き見るようなことは難しいでしょう。すでに運び屋を何人か始末しておりますので、連中も警戒しているように思います。」

「街の噂はどうだ?」

「目立った動きはありません。ジュゴルからの情報ではレンズブルクの外遊の馬車を見たとのことです。例年通りの外遊でしょう。」

「動きがあるとすればその後か。集まる貴族連中の情報はおさえておけ。」

「はっ!」






 レンズブルク領主ホルシュタイン伯爵は商業都市メルゼブルクにやってきていた。ここはレンズブルクから王都へ向かう際の中間点ほどになる。

 メルゼブルクは交通の要衝にあり、商人たちが作り上げた街である。300年ほど前に都市権・市場権を獲得し、商人たちの守護聖人を祀ったメルゼブルク大聖堂がそびえたつ。


 伯爵はレンズブルク近郊のゴットルプ伯爵、メクレンブルク公爵とともに、メルゼブルクの有力商人の屋敷に滞在していた。ここで一室を借りて密談である。


 ゴットルプ伯爵が重々しく口を開く。

「密書の運び屋が何者かに襲われた。息のかかった行商人に運ばせていたのだが、街道で攫われたとのことだ。盗賊の仕業に見せているようだが、おそらくはエルフだろう」

 やれやれといった様子でメクレンブルク公が軽口を叩く。

「ポンティニーの件か。ポンティニー周辺ではやけにつっかかってくる。連中は高炉でも狙っているのか?」

「まさか。ポンティニーと近隣のエルフの都市モルヴァンが境界を巡って揉めているという話はあるが。境界線争いの小競り合いといった話ではないのか?」


 ホルシュタイン伯爵は別の視点で考えていた。

「密書を狙った襲撃は、今聞いたこの件の他に我々が把握しているだけで今年6件はあります。私は暗号は解読されていると考えている。おそらく定期的な情報収集のつもりなのだろうと考えています」

「暗号の解読などできるものなのか?あてずっぽうで換字表を見つけれるものではあるまい?」

「あてずっぽうではないのです。あまり知られていないかもしれませんが、今から700年ほど前にエルフの賢人キンディーが書物に暗号の解読方法を記しています。我々が使う文字というのはよく出てくる文字もあれば、出てくる数の少ないものもある。出現する文字の頻度を数え、よく用いられる単語クリブのスペルにあてはめることで元の文を探し出すことができる」


 ホルシュタイン伯爵の説明をゴットルプ伯爵は渋い顔で聞いていた。

「暗号解読……。エルフの秘術というわけか」

「これほど密書が狙われるとなると、もはや運び屋を引き受けるものもいなくなるぞ。なんとかならないのか?」

 ホルシュタイン伯爵はにやりと笑う。

「エルフの秘術に対抗する、魔術師の秘術をお見せしましょう」


 ホルシュタイン伯爵の暗号魔法陣のデモンストレーションにゴットルプ伯爵、メクレンブルク公爵は魅入っていた。

「これは……凄まじい魔法陣だな……。魔法陣と言えばスクロールだとばかり思っていたが……」

「これを広めるつもりなのか?」

「はい。王国の新しい暗号方式として国王陛下に進言しようと思います」

「暗号が解けないとしてもだ。運び屋は襲われるのではないか?」

「そうだな。信頼できる運び屋なんてのはそう簡単に替えが効くものでもあるまい。密書を運ぶ危険性からすれば引き受け手が見つかるかも怪しいぞ」

「なあに、暗号は解けないのです。もっと気楽に送ればよいのですよ。おおっぴらに冒険者ギルドに手紙の配達依頼を発注すればいい」

 大胆なホルシュタイン伯爵の提案にメクレンブルク公爵は絶句する。

「密書がひた隠しにされるからこそ出所を監視されているのでしょう。そして運び屋が狙い撃ちにされる。おおっぴらに手紙を出しまくれば、まず最初は偽装を疑うはずです」

「偽装?」

「ええ。撹乱のために暗号のように見えて意味のないものを送っている、と考えてくれるかもしれません。あるいは、複数のものを組み合わせることで意味を持つような、新たな暗号と考えるかもしれません。向こうも密書の出所を探るのに間諜を放っているのでしょうが、間諜だってそう量産できる人材ではない。物量で押すのですよ」


 次の話題はこの暗号魔法陣の機密をどう維持するかということであった。

「この暗号魔法陣が敵方に渡ってしまったらどうする?」

「渡ったところで換字表の円盤を別のものに変えてしまえば暗号が解読される心配はありません。まあ、向こうも真似して同じ暗号を使い始めてしまうかもしれませんが」

「仕組みが分かったところで暗号は破られないということか」

「とはいえ、暗号機の出所は秘匿したいと考えています。わがレンズブルクが狙われるような事態は避けたい。製造に関してはパーツごとに各地でばらばらに行いたいのです」

「用心に越したことはあるまい。エルフたちの間諜は我々のかなり深いところまで潜り込んでいるように思うからな」

「人族も一枚岩ではあるまい。この暗号機にしろ国王派の古株以外にはまだ開示するべきではないのではないか?」

「換字表の円盤が異なれば暗号の復号はできなくなります。一般向けの換字表とは別に、国王派専用の換字表を用意しましょう」

「大したものだな、レンズブルクの魔術師は……」

「魔法陣など大した役には立たないなどと言っていた連中は舌を巻くぞ」


 ホルシュタイン伯爵は信頼ある国王派で暗号機を製造する約束をとりつけていた。


----------

 暗躍するエルフと、暗号魔法陣の実戦配備の密談でした。


 ファンタジー世界では知的生命体が複数存在する世界が多いかと思いますが、人族以外もそれぞれが種族内での抗争をやっていそうな気がします。人だけが一枚岩ではなく、他種族は一枚岩なんてことはないんじゃないかな。ましてや、魔王軍だけ異種族混成部隊で強固な中央集権化がされているってのは不思議じゃないですか。なんで魔族だけ異種族で仲が良いのだろう……?


 史実の貴族の権力争いみたいなのは参考にしようとするんですが、調べるほどにうんざりしますね。人族の権力争いが複雑すぎるといいますか。大河ドラマ真田丸で複雑怪奇な真田家の立ち回りが描かれていましたが、あれでもかなり史実からそぎ落として簡素化したものらしいんですよね。本当に史実張りの戦記やったら読者が状況のみこめなくなるんじゃないかと思います。エンターテインメントは難しい……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る