第18話 伯爵の外遊

 レンズブルグの中央通りに豪華な馬車がゆっくりと進んでいく。レンズブルグ領主のエーリク・ホルシュタイン伯爵の外遊である。伯爵の馬車は揺れの少ない懸架式の馬車で、学問を愛する伯爵が遠くマジャロルサーグ領で発明されたという方式を伝え聞いてレンズブルグ領内で再現を試み作らせた逸品である。


 外遊と聞いた子供が「伯爵様は遊びに行くの?」などと聞いているが大人に「外遊といっても遊びに行くわけじゃないさ。他の領主様達といろいろ大事な話をしたりするんだよ」とたしなめられていた。


 伯爵は2,3年に1度は王都に出かける。レンズブルグは王都からは遠く離れており、片道半月ほどかけていくつかの領主の街を経由して連れ立って出かけていくのである。街道には盗賊が出ることもあり、備えとして相応の兵を連れていく。それでも危険は伴うため、貴族も寄り集まってより安全にと王都への道を進むのだ。



 王国は選挙君主制をとっており、さらに現国王はいくつかの国の国王を兼任していた。同君連合と呼ばれるもので、連邦の範囲は広大である。国王といっても貴族の筆頭のような立ち位置で、他家に対して強く介入することは出来ない。それぞれの領主に分権されているわけである。


 ここに輪を加えてややこしいのが他種族の国家である。人族の領土にモザイク状に入り乱れるようにして他種族の領地が存在し、それらがまた連邦となって国を形成していた。他種族は人族とは適正が違うため、人では住めないようなところに住んでいる。それぞれの地ではそれぞれの種族に地の利があり、相手方の領土をぶんどったところで種族特性からろくに活用することができない。そのため、人族が活用しにくい土地を他種族が利用することを咎めることはせず、それぞれの縄張りとして棲み分けがされてきたのである。


 居住地については他種族の土地に旨味がなく、棲み分けがはっきりしている。対して鉱山のような資源については棲み分けがされようはずもなく、種族間でも争いの火種になっていた。


 他種族とは交易もなされており、他種族イコール敵というわけでもないのだが、生物としてのライフスタイルがまるで違うため、完全な融和は不可能である。よき隣人であれるように努力がなされていたが、やはり利害は対立しがちなのである。異種族との関係性というのは非常に難しいものであった。



「あの森がエルフの城塞の森ジュゴルか」


 伯爵は馬車の窓から森を眺めるが、そこはおよそただの森としか見えなかった。わずかに櫓が見えるのみである。エルフ達は森に住み、開けた空間を良しとしない。彼らの都市は森と渾然一体となっており、街の威容を伺うことはできなかった。伯爵はかの街を訪れたことはなかったが、伝え聞くところによれば、森の木々の間に城壁があり堀があるという。およそ人族とは異なる街の作りであるとのことだ。


 このジュゴルは伯爵のレンズブルグからはもっとも近い他種族の都市である。エルフは森を縄張りとするため、そこで産出する木材を買い付けに人族の商人も出入りしている。レンズブルグの建築材も周辺の小さな森では供給が追いつかず、広大なジュゴルの森からの輸入品に頼っていた。


 対してレンズブルグからは大麦・小麦といった農産物の輸出が多い。平地での農業は人族の得意とするところである。エルフも大きな都市となれば食料の需要は大きく、さすがに都市近辺の自然採取のみに頼っていては成り立たない。周辺集落から都市に食料が運び込まれ消費される。それはエルフも人族も似たような社会構造であった。


 王国は人族の国家であるからエルフの都市ジュゴルに王国の力は届かない。レンズブルグで悪をなしたものがジュゴルに逃げ込む、あるいは逆にジュゴルで悪をなしたものがレンズブルグに逃げ込むということもしばしばあった。こうした諸問題について実務レベルではやりとりはあるわけだが、人族にとってエルフは別の世界の話であり、はっきりとした国交があるわけではなかった。人が都市に住まうカラスの社会構造に興味がないのと同じく、同じような場所を共有しながらも、人は人、エルフはエルフなのである。いや、なのであった。


「最近、どうもエルフが悪さをしているようだが……」


 今までがどうだったかはさておき、これからの時代に人とエルフは相互に無関心でいられるかというと難しいだろう。いままで見て見ぬ振りをしてきたが、エルフとの関わり方をそろそろはっきりさせないといけないのかもしれない。奇しくもエルフ側が人族側に介入しようとしている。


 人が一枚岩ではないようにエルフもまた一枚岩ではなかった。ジュゴルとの交易商人に紛れてかの地には間者も行っている。現地のエルフにも反体制派のような連中はいて、金で情報を売るものもいた。ジュゴルの議会の重要人物ぐらいは資料が揃えてある。それはおそらく向こうもそうなのだろう。


 南方のポンティニー修道院では森の権利を巡ってエルフと対立があるという。ポンティニー修道院には製鉄のための高炉があって、鋳鉄の製造を行っていた。しかしどうもただの領有権争いというだけではないようだ。エルフ側には鉄の供給を止めようとしているものがいる気配がある。ジュゴルのエルフとポンティニーのエルフはどのような関係にあるだろうか。人族の貴族領ぐらいの別の政治体制であればレンズブルグへの影響も小さいのだが。


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現生人類はホモ・サピエンス1種のみが現存ですが、数万年前まで遡るとネアンデルタール人がいたりホモ・フローレシエンシスがいたりと、知的生命体の別種が隣人として存在していたわけです。ファンタジー世界においてはエルフやドワーフといった亜人族は頻出ですが、そうした別種がある世界で文明が発達し、それでもなお複数の知的生命体が世界を棲み分けて発展している、ということが起こるのでしょうか。


進化によって文明を作れるだけの生物的なポテンシャルを得た状態に、ふたつ以上の生物で同時に達しなくてはなりません。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人のような近縁種であれば、ポテンシャルを得た後に分岐という可能性はあるかもしれません。

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