第17話 街道の盗賊

 荷馬車が街道を走る。


 街道は交易の要だ。いろんな地域を通るがそもそも街道は誰のものか?というと話は難しい。明確に人によって作られた道というのは街道に当時の領主の名がついていたりするが、しかし、もっと古来から使われていた街道は、もはや誰が作ったかなど定かではない。山中の街道など、もとは獣道だったのかもしれない。


 街道を通るものは人に限らない。エルフも使えばドワーフも使うし、ケンタウロスやリザードマンも使う。なんとなれば獣すらも街道を使っていた。国境に関所が置かれることがあるが、実効支配される「国」の範囲というのはたかが知れている。世界は無主の地に溢れていた。そんな無主の地を街道は繋いでいた。


 大きな町の付近のよく整備された主要街道は石畳だが、街から離れた街道は轍があるだけのようなところも多い。轍にぬかるみがあったり、そのぬかるみに小石を敷き詰めてあったり。街道の利用者がかろうじて維持している程度のものであった。人のあまり通らなくなった古い街道などは、草に埋もれて道を見失いがちだし、見知らぬ古街道にいきなり荷馬車でつっこむような者もいない。


 街道を通るものはさまざまな者とすれ違う。しかし、旅をするものは基本的に孤独であり、すれ違えば他種族であれ挨拶を交わし、道の先について情報を交換するのであった。旅人は同じ困難に立ち向かう同士といった、連帯感があった。


 そんな旅人を嘲笑うように襲いかかるのが盗賊である。旅人たちは盗賊が出たという噂には敏感であった。なにせ命がかかっているのである。盗賊も盗賊で軍を差し向けられては敵わないので、襲うときは確実な全滅を狙っていた。一人でも逃せば、盗賊が出たという情報を街に伝えられてしまう。旅商人がひっそりと行方をくらました、であれば盗賊の疑いはあったとしても不確かな情報で長い街道を虱潰しに盗賊刈りをするなど出来ないのである。


 盗賊の襲撃後は綺麗なものである。盗賊たちもまさに自分たちの命をかけて隠蔽工作をするのである。



 荷馬車は街と街の間の森を突き抜ける道を進んでいた。

森の中の街道を曲がると不意の倒木である。

森などでは自然に倒木が発生することがあり、交通量がものすごく多い道であればすぐに撤去されるのだが、このあたりのようにやや交通量が少ないところであれば自分が第一発見者となることもある。


「ついてないな。これをどかすのは苦労しそうだぞ……」


 倒木に近づいていくと、曲がり角の倒木の向こう側にも馬車が見えた。足止めされたお仲間か。いや、こちらに荷馬車の背を向けているあたり、あきらめて引き返そうとしているのか?


 よくみるとその馬車の馬が倒れていた。地面を濡らしているのは馬の血か、人の血か。ヤバイ。これはヤバイ。そう直感すると慌てて向きを変えて引き返えそうとする。よく見れば倒木には根っこがついていない。斧で人為的に倒されたものであった。


 恐らくあの荷馬車は襲撃途中の状況だろう。みつかれば盗賊ならこちらを追ってくるはずだ。目撃者は皆殺し。街に情報を持ち帰らせないのが連中のやり口だ。これはヤバイ。


 森の茂みからガサッと音がした。


 逃げろ!逃げろ!逃げろ!


 慌てて馬と荷車を切り離す。損切りの出来ない商人は破滅するんだ!そして馬にまたがると脇目も振らず駆け出した。





 ようやく街にたどり着くと門番に盗賊を伝える。

「盗賊だ!」

「なに?本当か?場所は!?」

「隣町への森の街道だ!道が倒木で塞がれ、馬のやられた馬車が見えた!」

「盗賊団の人数は!?」

「直接は見ていない。やられた馬車をみてすぐに荷を捨てて逃げてきたんだ!」

「そうか。逃げ延びられて何よりだ。報告感謝する!」

 街の対応は迅速だった。街までは誰ともすれ違わなかったが、これから向かう者がいないか伝令のために人が出される。すぐさま盗賊狩りの部隊が編成され、発見者も部隊に同行する。


 日が傾きだした頃、例の現場に到着する。現場には商人が捨てて逃げた荷車と、報告にあった馬車、人為的な倒木、全てがそのままに見えた。

「周囲を警戒しろ!向こうの馬車を改めるぞ……気を抜くな!」


 周囲に賊が潜んでいる可能性はある。それにしても何が起きたというのか。あの馬車になにかあるのか?


「これは……」


 馬車はワゴン型で、荷は荒らされた様子がない。馬は弓を射かけた後に槍で突かれてとどめを刺されたか。御者台にも血糊がべったりとついていたが、御者の姿はなかった。


「拐われたか。どこの商人だか分かるものはないか探してくれ。人族なのかエルフなのか……。荷主がどこのものか分からんと厄介だぞ」


「倒木の処理を済ませました。街道は開通しています。今日はここで野営ですかね?」

「ああ。設営を頼む」


 発見者の商人の荷物は無事であった。彼は危ういところで大胆な決断で命拾いしたと言える。荷も無事だったのだから幸運である。襲撃された馬車はあらされた様子はなかったが、金袋や書類などが見つからないため、大事なところだけ持っていかれたのだろう。目撃されたことに気づいた盗賊が慌てて逃げたのだろうか。


 夜が明けるのを待って周辺に盗賊のアジトがないか探索することになる。街道の向こうの街にも知らせを出さねばならない。荷主は恐らく無事ではないだろう。流通が滞るとしばらくは物価が上がるかもしれない。


 部隊長の胸中は穏やかではなかった。


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伏線回ですね。中世の馬車について調べていましたが、英語での馬車の呼び分け単語の多さにうんざりしてしまいました。欧州の大地は平らですから馬車が発達したのでしょうか。日本だと都市のある平地と平地の間がひたすら山地のような国土なので中世(日本だと江戸よりも前の時代)には荷馬車で都市間交易とはいかなかったのでしょう。


また日本では領主の主権のとどかない無主の地というのが少なかったようなので、盗賊というようなものは少なかったようです。せいぜいが追い剥ぎぐらいでしょうか。まあ獲物になる馬車も発達してないのですから襲うのも旨味が少なかったのかもしれません。

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