第16話 斜面落下の実験
ニコロ先生が運動の法則を解き明かそうとして投石機を観察したり、塔から玉を落としてみたり、斜面に玉を転がしたりしていたのを覚えているだろうか?
球の転がりを脈を数えることで一定時間でどれぐらい進むのかを測ろうとしていた。その話を聞いた私は、魔法陣を動かす魔力の脈動はまさに心臓の鼓動そのものであるから、脈を測って時間を測るなら、魔法陣の鼓動をもって時間を測ることも出来るだろう、というアイデアにたどり着いたのだった。
助手のクラウスとともに玉を転がす台に一定間隔の目盛りを付ける。台には玉を転がす溝が彫ってあって、そこに導通インクで染めた玉を転がすことで、玉がある場所だけ魔力が通過するようにした。通じた魔力は
装置が大きいため作業は倉庫の一角を借りて行っていた。
装置の計測精度を考えるとより狭い間隔で描くほうが良いのだが、当然ながら描くほうが大変になる。あまりに狭いと魔導回路を描くことができなくなる。目一杯詰めて描ける限界が
世間では魔術師は華やかな仕事と思われているようなのだが、実態はとても地味であった。
さて、素人諸君はこれで完成、めでたしめでたしだと思っているだろう?そうはいかない。動作確認をしなくてはならないのだ。魔法陣を起動して魔力の鼓動を確認する。何箇所かうまく動作していない部分があり、該当箇所に木炭で印をつけていく。そして、動作不良の回路を削っていく。削って描き直して改めて動作確認をする。
玉を転がすと果たして設計通りの動きをしていることが確認でき、ようやくニコロ先生へと引き渡すこととなった。
「やあ!アラン君!うまくいったかね!?楽しみにしてたんだよ!」
ニコロ先生の研究室を訪ねると興奮気味に歓迎を受ける。ニコロ先生は皆の尊敬を集めている偉大な先生ではあるが、なかなかおちゃめな人である。
「装置の動作はうまくいっています。早速ご覧になりますか?」
「もちろんだとも!」
研究室からニコロ先生以下、院生や見物の学生がぞろぞろとついてくる。笛吹き男が子供たちを連れ去った昔話のようだな、などと関係のないことを考えていた。そうなると笛吹き男は私になってしまうのか?
倉庫の一角に置かれた実験装置を皆が取り囲む。私はニコロ先生に魔導インクで塗られた玉を手渡す。魔導インクは血で出来ているので絵面としては血塗れの玉である。
「ニコロ先生、お願いします」
ぶっちゃけると玉を転がす係というのは役目としてはどうでもよいのだが、こう人が集まったなかでやるならば、この象徴的な役割はニコロ先生にやってもらうのが良いだろう。やることとしては玉を置いて手を離す、というだけの何ら難しいところのない役であった。
実験装置の魔法陣が起動して記憶回路のクリアをすると準備完了の合図をだす。皆が固唾を飲んで見守る中、血塗れの玉がころころと転がった。魔力の鼓動にあわせて玉の位置が記録されていく――
実験装置の記憶回路は見事に玉の位置を記録していた。
「素晴らしい!やったぞアラン君、これはいいぞ!」
ニコロ先生は助手に何インチの場所の記憶回路にフラッグが立ったのか記録させる。私はニコロ先生の研究室の院生に魔法陣の使用方法を教えていた。やがて2度目、3度目と計測が順調に繰り返されていった。十数度繰り返しかなり良質のデータが集まったところで、この会はお開きとなった。
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ガリレオの落体運動の実験でした。ガリレオといえばピサの斜塔から玉を落とした逸話が有名ですが、あれは後世の創作と言われています。実際にはさまざまな角度の斜面に玉を転がして調べたようです。落下は90度の斜面と同等ということになります。斜面にして運動をゆっくりにしたことで観察をしやすくしたところにガリレオのアイデアが光ります。
とはいえ、当時には(振子ではない)機械時計があったにせよ、ストップウォッチがあるわけではないですし、一定間隔で玉の位置を記録することも困難でしょうし、どうやってデータをとったのでしょう?
作中では魔法陣を用いることで一定時間間隔での玉の位置の正確な記録に成功しています。現代の学校での理科の実験では一定時間間隔でテープに打点する記録タイマーというものを用いて、紙テープをつけた力学台車を転がして一定時間ごとの移動距離を測ります。
ストロボを使うような方法もありますが、現代だとスマホで動画撮影してコマ送りで距離を見るとかが楽でしょうか。
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