第11話 魔石
牛骨亭で食事をしているとなにやらキナ臭い噂が聞こえてくる。
『どうやら南方がキナ臭いようだ』
『ポンティニーの製鉄所のために森を伐採しすぎてエルフと揉めているらしい』
後ろのテーブルでは商人風の男たちが骨付き肉を頬張りながら情報交換しているようであった。
ポンティニー市にあるポンティニー修道院は院内に製鉄所を構え、製鉄を行っている。修道院には冶金学者がおり、大規模な高炉を運用しているということだ。私はかつてカロリング王立学校にいた頃に錬金術師のマリー女史の講義で鉄について学んだことがある。
高炉というのは新型の製鉄炉なのだが、水車動力により風を吹き込み、
高炉より古典的な塊鉄炉は鉄を溶かさない。鉄鉱石と木炭を炉に入れ加熱すると、不純物が溶け出し、
塊鉄炉はより古代の
塊鉄より青銅のほうが簡単に溶け、そして強度もあるため、青銅を用いたいところだが、青銅の材料は希少である。故に、入手しやすい塊鉄が用いられるようになったということだ。その後、鋼の製法が確立されると質でも青銅を上回るようになる。
……といったところが製鉄の古代史と理解している。ひとくちに鉄といっても塊鉄や鋳鉄、鋼といった違いがあり、錬金術の世界もなかなか興味深い。しかし……ポンティニー修道院が揉めているとなれば、鋳鉄の流通が滞るかもしれない。量産された鋳鉄の道具というのは庶民の生活に欠かせないものであるから、揉め事が続くようでは影響がおおきいのではないか。
エルフは森に暮らす種族である。我々人間とは体の作りからして異なり、人間は平原を縄張りとし、エルフは森を縄張りとしていた。人族は大地の主というわけではなく、森にはエルフがおり、山にはドワーフがおり、東方のナロードナヤ山脈の向こうには草原が広がり、ケンタウロス族が闊歩しているという。こうした亜人達とは生活圏が隣接しており、時には共生し、時には争い人族は生きてきた。
もとより生活するのに適した場所が異なるのだから、古来より棲み分けがされていたのだが、ポンティニー修道院の大規模製鉄は森を侵食するほど大規模なものなのかもしれない。
食事を終え、アカデミーに戻ると管理人さんから声がかかった。
「アラン先生、お手紙が届いていますよ。それから時間が取れるようでしたら明日の昼前に伯爵のところに顔を出してください」
「ホルシュタイン伯爵が?わかりました」
今日の昼にはホルシュタイン伯爵の会食で顔を合わせていたというのに。いったい何用であろうか?
自室に戻るとランプに明かりをつけ、手紙の封をひらく。カロリング王立学校での学友リュシアンからの手紙であった。彼の手紙はいつも暗号化されている。暗号と言っても簡単な換字暗号で、指定の数だけアルファベットの文字をずらして読むというものであった。
『魔石をスライスし穴を開けリング状に加工し、その環に魔導インクを浸した棒を通す。棒に魔力を流し、次に逆方向から魔力を流すと魔力の鼓動が乱れる現象が起こる。君の意見を聞きたい』
ふむ。
魔石というのは生物の体内、心臓付近にある石状の物体である。生き物は心臓の鼓動により血を介して全身に魔力が送られると考えられており、その心臓の付近にあることから魔力となんらかの関連性があると考えられていた。
現状、魔石はこれといった使い道があるわけではなく、動物の解体の際に骨などと一緒に投棄される。屠畜場にでも行けばいくらでも手に入るが、すでに日が暮れてしまった。屠畜場は既に閉まっているだろう。これは朝一番にでも屠畜場に行ってみるか。
いや、待てよ。
ゴミ捨て場に行けばそのへんに捨ててあるんじゃないか?いや、ゴミ捨て場に行くには第三街区の外れまで行かなければならない。第二街区と第三街区との間の跳ね橋は夜間には上がってしまっている。
「動物の解体をやっている店ならあるいは……?」
夕食に赴いた牛骨亭が思い浮かぶ。
日はもう暮れてしまったのでランタンに火をともして外に出る。第二街区へと暗い夜道を進む。日が暮れるとほとんどの店は閉じてしまう。牛骨亭ももう閉まっているだろう。路地裏に回る。牛骨亭の裏、木箱に骨が捨てられているのを発見すると目的の魔石がないか漁り始める。
「魔石、魔石、魔石……」
骨の下からようやく一握りほどある魔石を発見。よーし、これを加工して……
「動くな!!」
へっ!?
手を上げて恐る恐る振り返ると3人の衛兵に囲まれ剣を突きつけられていた。
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高炉は1100年頃から存在していたようです。しかし、初期の高炉は効率的なものではなく、また溶融した鉄は炭素を含みすぎて固くて脆い鋳鉄になってしまいます。古典的な塊鉄炉が長く併存していたのは単純な上位互換というわけではなかったからなのでしょう。
1855年にベッセマー転炉法が発見されました。溶けた鋳鉄に空気を送り込み、二酸化炭素として放出させて脱炭することで鉄の質を向上させました。これにより、ようやく鉄が安価になったようです。
作中に出てくる暗号は古典的なシーザー暗号と呼ばれるものです。例えばAを3つ先のDに、Bを3つ先のEに、といった具合です。元の文に戻すのも何文字ずらすかさえ知っていれば簡単ですね。総当りで文字の置き換えをしても容易に破れるため、暗号の強度としては極めて低いと言えます。ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Iulius Caesar)つまりシーザーが用いたと伝えられており、紀元前から使われている本当に古典的な暗号です。
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