第12話 案件の受注

 夜に路地裏でガサゴソやっていれば衛兵に通報されてもなんら不思議ではない。私は自分の浅慮を恥じた。衛兵にしょっぴかれて詰め所でこってりと絞られていた。


「こんな夜に何をしていたんだ!」

「ま、魔石を探していたんです……」

「はぁ?魔石だぁ?バカを言え、そんなもんをわざわざこんな夜に探すやつがあるか!」


 そもそも魔石なんてものは骨と一緒に廃棄されるような代物であって、なんでそのようなものを探しているのかが理解されるものではなかった。自分がアカデミーの研究員であることを伝えてもなかなか信じてもらえない。魔石なんぞが欲しければ普通に夜明けを待てという話である。


 しばらくは自分の研究と魔石の可能性について衛兵に説明を試みていたのだが、魔法陣については世間でも認知されているから良いとして、いまだ研究者で噂になる程度の魔石の可能性について理解してもらうことは無理であった。いや、魔石の価値が理解されたとして、夜に路地裏でガサゴソと魔石を探す行為が正当化されるわけでもないのであるが。


 アカデミーの管理人さんが身元引受に来てくれてようやく解放されたのであった。


「アラン先生は常識人だと思っていたんですけどねえ……」

「まことに申し訳ない……」


 管理人さんのじっとりとした視線にただただ情けない気持ちばかりが湧き上がってくるのであった。




 夜が明けて早々に実験である。夜中にうるさくしてはだめですよ、と管理人さんにも釘を差されていたので昨晩はさっさと寝ることにした。あまりに恥ずかしい出来事であったので身悶えしてなかなか寝付けなかったのではあるが……。


 作業場で魔石をノコギリでスライスして板状へと加工する。さらに中央に穴を開け、環状の魔石の出来上がりである。


 細い木の枝を魔導インクに浸し乾かす。魔法陣は板や羊皮紙に特殊な文様を描くことで機能させるので、棒に魔力を通そうという事自体を考えたことがない。この魔導棒といい、魔石リングといい、何を思ってそんなことをしてこんな発見をしたのか。学友リュシアンの手紙にはそんな経緯は書かれていなかったが、今度会うことがあればお前は一体何を考えているんだと問うてみたいものである。


 魔石の環を縦に固定して、その穴に魔導棒を通し、木片で固定する。魔導棒の左端をつまんで魔力を通すと魔導棒の左端から右端へ淡い魔力の光が鼓動する。目立っておかしいところはなさそうに見える。


 今度は右端をつまんで、右端から左端にへと魔力を通そうとする。その最初の鼓動が引っかかるようにして流れていった。


「なんだ……?」


 再び左端から魔力を流す。するとまた、最初の鼓動が引っかかるようにして流れていく。リュシアンの言っていた現象はこのことか。なかなか興味深い現象である。またひとつ検証したいものが増えてしまったな。







「やあアラン。呼び出して済まなかったね」


 ホルシュタイン伯爵の様子はいつもとは違った。


「君たち、しばらく出ていてくれるか。人が来ても通さないように」


 メイド達に人払いをするなんて。


「アラン。私は君のことを信用している。これから話す内容は他言無用だ」


 伯爵の目はいつも以上の鋭さで相当な迫力だった。

私は黙ってうなずく。伯爵は声を潜めて言った。


「君に開発してもらいたいものがある。暗号だ」




 伯爵の話はとても重要なものであった。王国の機密の中心となる新たな暗号システムを開発すること。曰く、他国の間諜がここのところ活動を活発にしているらしい。既存の王国の暗号が他国に破られているのではないかという疑いがある。


 暗号魔法陣に求められる機能性としては、解読が極めて困難なものであること。暗号魔法陣そのものが相手方に鹵獲されるようなことがあっても魔法陣の解析や暗号の解読が困難であること。製造数は100以上。そして製造過程で機密が漏れないようにすること。


「なかなか難しい注文ではあるがよろしく頼む。他国の間諜には十分に注意したまえ。報告は定期的にしてもらいたいのだが、君と私が人払いをして密談をしているとなれば、それだけでキナ臭い噂が立ちかねない。あとで秘密の会談場所への行き方を執事のセバスティアンに案内させる。表立って君と私が会うのはいつもの会食のときにいつもどおりに、だ。そのときにはこの話はしてはいけない」


 なんとも用心深いことである。これはとんでもない依頼だな、と改めて思う。


「アラン。君のことは信頼している。だが、研究に没頭するといささか危ういところがある。昨晩の話は私にまで報告が来ているよ。なにか面白い発見があったのかもしれないが、慎むところは慎みたまえ?」


 うぐっ。衛兵から伯爵にまで話がいっていたか……。いや、伯爵もこんな大仕事を依頼するのだ、私のことは注視していたのだろう。まったく間の悪い……。


「まあよい。そちらの成果は今度報告してくれればよい。きっと面白いことなんだろう?今日のこの呼び出しについては昨晩のことだったということにでもしておきたまえ」


 穴があったら入りたい心境であった。伯爵は部屋のドアを開けると執事のセバスティアンさんを呼んだ。私はその間、縮こまっていることしかできなかった。


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アランのやらかし回でした。ファンタジー要素はできるだけ盛り込みつつ、ご都合主義的万能世界にならない方向で進めていきたいと思っています。魔石の設定についてはいずれまた。


さて、暗号魔法陣の開発です。リュシアンからの手紙がシーザー暗号になっていましたが、そのような古典的で弱い暗号では容易に破れるためより強度の高い暗号が求められています。しかし、手作業で暗号の変換をするのは手間であるため、セキュリティと利便性面倒臭さの板挟みとなっているわけですね。このあたりの事情は現代とそう変わらないでしょう。人間は怠惰な生き物なのです。

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