第3話 魔導回路
魔法陣の開発はとても地味な作業である。
魔力の導通には血を用いる。ドラゴンの血は魔力導通時の輝きが違うなんて本当だか嘘だかわからない話を聞いたこともある。どの生き物の血が良いか?といった研究論文も見たことがあるのだが、極端な性能差は見られないようだ。血は長く保存が効かない。古くなると固まったり腐ったりしてしまう。入手しやすさから豚や鶏など家畜の血が主に用いられる。屠畜場で血抜きする際に壺に保存され、アカデミーに届けられる。
血に凝固防止のためのスイバ草の煮汁と、保存料としての塩、インクとしての粘りを持たせるための
失敗が多いと削りかすがたくさん出る。あまり散らかしていると研究室の院生に「先生、いい加減に片付けてください!」などと叱られてしまう。
魔導ゲートは数種類あり、その組み合わせで演算を可能とする。その文様を魔法陣として正しく機能するように描くのには訓練が必要だ。複雑な演算をしたければ、必要な魔導ゲートの数は増える。その分、描くのは大変になる。魔法陣の大きさも大きくなる。小さくしたければ密度をあげなくてはならない。つまり、より細かく魔導ゲートを描くこととなる。
「………………。………………。………………あっ!」
やってしまった。ペンにインクをつけすぎた。インクが隣の魔導ゲートと短絡してしまう。失敗したからといってすぐさま何かできるわけではない。削るにせよ、導通インクが乾くのを待たねばならない。一息いれるとするか。
王立学校での研究室でも失敗してはインクが乾くまで休憩をとっていたものである。あまりに休憩ばかりしていると
専門的な話になるが、魔導ゲートは基礎的なものとして6種が知られている。この6種類の組み合わせで魔法陣を構築するというのが現在確立されている魔法陣の技法である。
近年報告された論文によれば NORゲート2つをたすき掛けに組み合わせることで魔導回路内にON/OFFの情報を保持することができる、という。この回路はフリップフロップ回路と呼ばれていた。このON/OFFをフラッグ(旗)と呼び、旗が立っているか、立っていないかによって動作を切り替える回路を作ることで、魔法陣の表現力は飛躍的に高まると論文では予見されていた。
いかにフラッグを立てるか……。いや、複数のフラッグをどのように取りまとめるか。
デナリウス銀貨を文字通り半分に割った半貨というものがある。さらに半貨の半分のクォーター。これをひとつずつある状態をフラッグで表現して🚩🚩🚩としよう。クォーターだけなら__🚩で、半貨だけなら_🚩_、デナリウス銀貨だけなら🚩__と表せる。みっつのフラッグの組み合わせであれば、クォーターからデナリウス銀貨までを表現できるのではないか……
「2進数か」
デナリウス銀貨12枚でソリドゥス金貨1枚である。グロス大金貨であればソリドゥス金貨12枚。これは12進数として知られる。それをもっと単純化したならば。
デナリウス銀貨1枚を🚩、2枚を🚩_、3枚を🚩🚩、4枚を🚩__。これに半貨とクォーターのフラッグ2本を加えればお金の計算結果を魔法陣の中で持ち続けることができそうではないか。
遠方から伝わる論文は、秘術をつまびらかにはしない。簡単な原理について述べてあるが詳細は秘されていることが多い。しかしそれでも、具体的に「こういうことができた」という情報は大きく、可能と聞けばこそこうして再現方法を考えることもできる。
さっそく NORゲート2つのたすき掛けからなるフリップフロップ回路を描いてみる。そこからフラッグの内容を引っ張り出し、XORゲートとANDゲートで作った加算器に繋いでいく。繰り上がりをさらに加算器で上の桁へと足し込んでいく。
描きあげた魔法陣の導通インクが乾くのを待つのがもどかしい。そういえばさっきの失敗した魔法陣のインクはもう乾いているだろうか。待っている間にあちらを削るか……。
そわそわしながら、先程ミスした部分を削り始める。試作回路側のインクはまだ乾かないだろうか?運悪く、ミスした箇所は板の節と重なっていたようで硬く、削りにくい。しかし、試作回路が気になってしょうがない。
「痛っ」
鋭い痛みが走る。やってしまった。溢れ出す血。慌てて押さえる。少し遅れてじわっと痛みが広がってくる。最悪だ。溢れ出た血は心臓から送られる魔力の鼓動に合わせて薄ぼんやりと輝く。自分の血を伝って魔力は魔法陣の回路にまで流れ込んでいた。
ああ、盛大に魔法陣を駄目にしてしまった。
試作回路も気になるが、血まみれの手で触って向こうまで駄目にしてはやってられない。私はすべてを諦めてハンカチで止血しながら医務室へと向かった。
----------
魔導ゲートは現代のコンピュータの論理ゲートをイメージしています。
NOT, OR, AND, XOR, NOR, NAND の6種が一般的です。
この6種の組み合わせで足し算や引き算を行うことができます。加減算やフリップフロップ回路などはゲームMinecraftのレッドストーン回路などでも論理ゲートの組み合わせで表現することができます。動画で見かけるような巨大回路はなかなか難しいかもしれませんが、3桁程度の計算なら比較的簡単に作ることができるのではないでしょうか。
1940年代~1950年代のコンピュータは真空管を用いて論理ゲートを表現していたため、一部屋もの大きさで計算能力は現代の電卓程度の計算といった様相でした。こうした論理ゲートがトランジスタにより小型化し、さらに集積回路と呼ばれるものが登場し今に至ります。現代では1兆個もの論理回路が詰め込まれたものまで登場しています。
アランは手書きで魔導ゲートを描いていますが、このままでは量産は難しそうですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます